奇妙な事に、二人の同居生活は割と巧くいっている。
最初のうちは臨也は自分の分しか食事を作りはしなかったが最近では静雄の分も作るようになった。勿論、想い人からの手料理とは言え最初は静雄も毒が入っているのではないか、と警戒していたが最近では素直に食べるようにもなった。
一方で、度々喧嘩は繰り返されるものの、臨也は静雄を殺しにかからなくなり、静雄は些細な事でキレなくもなった。
昔から臨也に想いを寄せる静雄としては幸せな毎日。その中で彼は新羅の言葉を徐々に薄れさせ、感じなければいけない違和感すら無くし始めていた。






「はい、今日の晩御飯」
「おう」

同居生活が始まって一ヶ月。
カタン、と音を立てて臨也は静雄の前に一枚の皿を置いた。
その上には未だ湯気立つクリームのかかったカルボナーラ。

「今日はカルボナーラか」
「子供舌の君にはペペロンチーノとかよりこっちの方がいいだろ?」
「まあな」

お前が作ってくれたモンなら何でもいいんだけどな。
等という言葉は心の内にグッ、としまいこんで早速フォークとスプーンを手に取りそれを頬張り始める静雄。
チラリ、と臨也の方を見やってやれば彼は自分のそれよりいくらか少なく皿に盛られたパスタを少しずつ口に運ぶ。

(…本当にお前が俺の事を好きか、だなんて聞けるかよ)

勿論、成就すればそれに越したことがない。しかし、もしもの事を考えるとそれはできなかった。彼に今の関係を壊すだけの勇気はない。今のこの生ぬるい幸せに浸るだけで彼は幸福を感じていた。危ない橋は渡らない、とばかりに。

(つうか…何でだ?なんか…凄え……眠ィ………)

そしてその思考は次第にまどろみ、まどろみ、プツリと切れた。
カラン、とフォークとスプーンを落とす音。
それを最後に、彼の思考は完全に停止した。

「…シズちゃん?」

「……ねえ、シズちゃん」

臨也が向かい側から話しかけるが返事はない。幾ら待とうとも帰ってくると言えば無言の時間ばかりだ。
微動だにしない静雄。ゆっくりと臨也は立ちあがり、その脇へと歩を進めた。
まるでこうなる事を待っていたとでも言う程に落ち着いた足取り。

「…幾ら化物とは言え、生物学的には動物だ。生体を殺す作用を持つ毒には、流石の君も堪えられなかったかな」

その顔に酷く歪んだ笑みと言葉を携えて。そして期待を込めてそっと、頸動脈へと指を添える。

トクン、トクン。

僅かに脈打つ音がする。顔を近づけてやれば僅かだが鼻息さえ聞こえた。
彼は、静雄は生きていた。毒を盛ったというのに何故生きているかは臨也の知ったところではない。しかし、恐らく眠っただけというのは明らかだ。

「普通の生体とは違う君を、普通の生体に使う毒を使おうとしたのが俺の間違いだ」

折角、この日の為に食事まで準備してきたのに。
そう笑う臨也の顔に少しばかりの寂しさがにじみ出たのは誰も知る由はない。




***




九十九屋真一のターン!
九十九屋真一のターン!
折原臨也、復活!
九十九屋真一【やあ】
九十九屋真一【どうしたんだい?】
九十九屋真一【ここに来たのには理由があるんだろ?】
折原臨也【少し聞きたい事がある】
九十九屋真一【ああ、先日の明日機組の一件かの事か?】
九十九屋真一【あの時見つからなかった拳銃なら俺が持ってる】
折原臨也【どうりで探しても見つからない筈だ】
九十九屋真一【何故俺がお前の聞きたい事を知っていたか、という点は驚かないのか?】
折原臨也【それはいい。毎回の事だろ】
九十九屋真一【全く。つまらないな】
九十九屋真一【ところで、拳銃なんか探してどうする?自殺志願者に高値で捌くつもりか?】
折原臨也【まさか。俺にそんな悪い趣味はないよ】
九十九屋真一【人を愛するだとかいう奴がそう言っても説得力の欠片もないな】
折原臨也【黙れ】
折原臨也【とにかく、拳銃が入用になりそうなんだ】
九十九屋真一【なら10万で売ってやるよ】
折原臨也【10万?破格すぎて怪しいんだけど】
九十九屋真一【俺とお前の仲だろ?友情価格さ】
折原臨也【お前の口から出る“友情”ほど怪しい物を俺は知らないなあ】
折原臨也【まあいいや。それなら後でメールに住所と指定時間書いて送るからできるだけ早くよろしく】
折原臨也、死亡確認!
九十九屋真一【今日の折原の奴、様子がおかしかったみたいだが…俺には関係ないか】
九十九屋真一のターン!
九十九屋真一のターン!
九十九屋真一のターン!






***




後日。
静雄の家に一つの小包が届けられた。
当の家主は仕事に出てまだ帰らない。代わりに、折原臨也はそれを受け取り独りきりの部屋へと戻ると、早速その包装を解く。
現れたのは黒い一丁の拳銃。彼は、口許を緩め呟いた。

「この生温い同居生活も、もうそろそろ引き際かな」

赤い瞳に無機質な黒が映る。
この1ヶ月で、俺は完全に君への気持ちを自覚してしまったから。一緒に生活すれば、きっと我慢できなくなった君が俺を追い出すと思ってたけど、どういう訳かそうしない。いいよ、根競べは俺の負けだ。君への気持ちを気付いてしまった時点で、俺の負けは確定していた。

「叶わない恋愛はしたくないんだ」

これでお別れだよ。シズちゃん。
彼の中で煩わしいまでに反響していた警鐘はもう――。








殺害方法6――毒殺







―――――

静雄が自分を好きじゃないと思ってる臨也。
次で最終回。予定。



20110815
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