*死ネタ





折原臨也が都心から少し離れた催事場を通りかかった時、彼はとある風景に足を止めた。

「…葬式?」

葬式なぞ別段珍しい訳ではない。ただ、そこにいるのは自分がよく知る人間ばかり。竜ヶ峰帝人、紀田正臣、園原杏里、角田京平、岸谷新羅、etc…。

「ははっ、流石の新羅も白衣は着てこないか」

十数メートル離れたそこでポケットに手を突っ込んだまま鼻で笑ってやれば、その隣りにセルティの影を見つけた。いつものようなヘルメットを被ってはいないが代わりに黒いベールを被っている。遠目から見れば英国風の婦人だが、見る人が見ればわかる。
それに加え、二人の後ろにはとある人物の姿があった。

「シズちゃん?」

彼のよく知る人物、平和島静雄がそこにいた。しかしサングラスを外し、喪服を着たまま顔に暗い影を浮かべる彼は臨也の知る由もない姿。
折原臨也の知る平和島静雄は、どこまでも暴力的でどこまでも理不尽だった。それでいて明るく、眩しい。まるで真夏に照りつける殺人的なまでの強い陽射し。なのにそこにいる彼は暗く淀んでいた。

(誰か大切な人でも死んだのかな…)

アイツをここまで消沈させるくらいだ。死者はきっと大切な人物に違いない。一体誰が死んだのか。
独自の相関図を広げながら彼は考える。
田中トムが一番有力か線だけど…それだと帝人君達がいるのは可笑しい。幽君だとしても変だ。こんな場所で粛々と行う筈がない。それに加え、入口には本来建てられる筈の看板は真っ白で名前は書かれていない。となると死んだのは裏の人間。それも、学生がいるところを見れば表にもそこそこ人脈のある裏の人間だ。
臨也の中で至った1つの結論。しかしだとしたら自分が知らない筈がない。

「一体誰が…」

臨也がゆっくりとした足取りで人の群へと近付く。
彼は別段探求心が強いわけではないが、静雄に対してだけは違った。彼自身、それが好意からだとは理解していたものだから余計に質が悪い。

──仮に俺が死んでも、あんなに悲しんではくれないんだろうなあ。

半ば自嘲気味に自分自身を鼻で笑う。
それでも探求心に背に腹は代えられず、彼は集団の一人に話しかけた。

「やあ、帝人君。久しぶりだね。元気にしてたかい?」
「……」
「君が俺を嫌ってるのは解るけど、そんな黙ってないで何か答えてよ」
「……」
「……。やれやれ、そんなあからさまに無視しなくても」

しかし臨也が何をどう言おうとも返事は返ってこない。
それでいい加減諦めたのだろう彼は溜め息を吐き出し次の人物へと話し掛ける。

「罪歌。いや、園原杏里ちゃん、と言った方がいいかな。あの一件以来も君は罪歌に頼り寄生虫として生きているのかい?」
「……」

しかし次もやはり無視される訳で、彼は次々と人に話しかけていく。

「正臣君。君の親友とやらはどうなってんのさ。一向に俺に答えてくれないんだけど」

「運び屋。流石の君でもこんな場にヘルメットは被ってこないか」

「新羅。お前までそんな真っ黒な喪服に身を包んだりして。…全然似合わないよ」

「…ドタチン。最近どう?あの三人に毒されてオタクになってたりしてない?そうなってたら凄く面白いんだけど」

次から次へ、同じ返事を聞きながら会場に消えて行く知人達を見送る。
ただ、皆が皆まるで自分が存在していないかのような扱いに一抹の恐怖を覚えてか声は次第に小さくなっていく。

「シズちゃん……」

そして列の一番最後尾、臨也は彼の名前を呼んだ。

──君も俺を無視するの?
──君ならいつだって俺をみつけてくれただろ?

願うように、祈るように、縋るように、発されんとした声は──形になることはなかった。

静雄もまた、例に漏れず何を言うでもなくその横を通り過ぎていった。
それに耐えきれなかったのだろう。臨也は赤い眼を僅かに濡らしてその後を追うように会場に駆け込んだ。

途端、彼の足がピタリと止まる。
彼は知ってしまった。気付いてしまった。思い出してしまった。


「死んだのは……俺だ」


遺影に映る高校時代の自分の写真。それを囲む何本もの白い花。手作りであろう、少しだけ大きくさえ見える木の棺桶。
理解した筈なのに未だ理解できていないような、よたよたとした足取りでそこに近付く。


「普通の人みたいに葬式を挙げられないのが可哀想ですね」
「彼は色々な所で恨みを買ってるんだから」

背後から聞こえる聞き覚えのある声に混じり、新羅と京平の会話が聞こえる。

「アイツは酷い奴だったが、友人として悪い奴じゃなかったな…」
「本当に、惜しい友人をなくしたよ」
「殺しても死ななさそうだった奴に限って、交通事故でぽっくり逝っちまうだなんて今でも信じられねェよ」
「彼も……臨也も、人間だったんだね」
「それに、──」

しかしそれも最早耳に入らない。
今彼の目に映るのは棺の前に崩れ落ち啜り泣く男の姿。生前、天敵として殺し合った男の姿。
自分の中の訳の解らない感情がざわつく。ぐわん、と大きく揺れる。

「シズちゃん」

試しに声を発するが反応はない。

「シズ…ちゃん」

やはり返事はない。
声は少し震えていた。

「シズ…ちゃん…っ」

ついに、啜り泣く声に嗚咽が交じる。
それでもやはり返事はなくて、代わりに静雄の頬を伝った涙が臨也の青白い頬に落ちて涙の筋を作った。
静雄はただ、臨也、臨也、と繰り返し名前を呼ぶ。

「ねえ、シズちゃん」

──俺はここにいるよ。

「気持ち悪いよ」


流せる筈もない涙を流して、臨也は言った。自分の中の恋心を殺すように。
静雄の涙がポタリ、と臨也の頬に落ちた。それがまるで臨也本人が泣いているのではないかと錯覚させる。まだ自分が生きているのではないかと錯覚させる。
彼の届かないその言葉を、それに込められた想いを代弁するように三度、臨也の頬を涙が伝った。










遅すぎた恋心
(もう、この想いは届かないのに)
(どうしてかな、せめて彼に好き、と伝えたい)







―――――

切ない死ネタが書きたい。




20110814
「#幼馴染」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -