*温いR-18




「日々也、好きだ」
「そうか」
「愛してる」
「そうか」

ソファーに座り本を読む日々也を後ろからギュ、と抱きしめてデリックが愛の言葉を囁く。甘い、甘い、蕩けるような声で。しかし日々也はそれには全く動じず、乾いた紙の音を立てて本のページをめくる。背後のデリックには目もくれてやらない。

こうしてデリックの何回目かも分からぬ愛の囁きは、無へと帰した。






「なあ、日々也。俺は本当にお前の事愛してるんだけど」
「そうか」

後日。その日も二人きりの空間でソファーに向かう日々也に向かい、デリックは愛を囁いた。なのに日々也から返ってくるのはいつもと何ら変わらぬ言葉ばかり。
変わり映えのない返事をされるどころか、目も合わせようとはしてくれない日々也に、デリックは深く溜息をついた。

元々、デリックは屋敷の前で生き倒れていたところを日々也に助けられた身である。日々也は最初こそそれに驚いた風だったが、この国では見掛けない服装からして恐らく旅人か何かだろうと屋敷内に運び入れ看病した。
ただの気紛れだったのだろうが、もしかしたら彼は少しの間だけでも話し相手が欲しかったのかもしれない。何せこのだだっ広い屋敷には彼一人しか住んでいなかったのだから。どういう経緯でそうなったのかは彼自身も最早覚えていない。気付けば彼は独りで、周りには誰もいなかった。
その後、数日もすればデリックは目を覚まし、更にそれから数日、日々也と共に時を過ごした。しかしそれからも彼はこの屋敷から出て行こうとはしなかった。日々也はそれに対して何も言わず、デリックもまた何も言い出さず。なあなあのまま時だけが過ぎる。それも偏に、デリックが日々也に惚れたのが原因だろう。日々也も話し相手が出来て多少なりとも嬉しかったのかもしれない。だから互いに出て行こうとも追い出そうともしなかったのだろう。二人の間では最早、それが暗黙のルールにさえなっていた。

そして今日は、そんな二人が出会って丁度、3カ月と1日。


「なあ、日々也。いい加減俺の愛に答えてくれてもいいんじゃねえの?」

やはり今日も同じ反応しか返してくれない日々也の隣に、デリックはボスン、と音を立てて座る。上質なソファーが優しく彼を受け止めたが。

「そうだな」

案の定、日々也から返ってくるのは気持ちがこもっていないそんな答えばかり。
パシ、と紙が擦れる音がして手に持たれた本のページが捲られるのと同時に、デリックのフラストレーションが募っていく。

自分を追い出すどころか、こうやって一緒の時を過ごす事を許してくれている彼もきっと自分を好いていてくれている。なのに何度愛を囁こうとも本気にせず聞き流すばかり。そこには好きも嫌いもない。もしかしたらこの愛は両方向でなく一方向なのかもしれない。だとしたらいっその事、拒絶して追い出してほしい。なのにそうしてくれないだなんて唯の飼い殺しだ。生殺しだ。辛い。苦しい。痛い。欲しい。虐めたい。啼かせたい。穢したい。

――日々也を、抱きたい。

そしてついに、その袋を縛っていた理性という名の紐がプツン、と音を立てて切れた。
途端、日々也の視界が反転して彼はソファーへと押し倒される。本が宙を舞い、床へと落ちた。それが合図だったかのようにデリックは噛みつくようなキスを日々也に施す。突然の事に動転して暴れる日々也の腕を頭上に一纏めにし、嫌々と首を振る彼の顎を指で固定して無理に咥内を荒らした。
くちゅ、くちゅ、と卑猥な音が室内に響く。日々也の口端から時折鼻にかかったような声が漏れ、どちらとも知れない唾液が伝うがそんな事は最早気にしている余裕もない。欠乏する酸素に目眩がして、目じりが潤むのがわかる。酸素と一緒に生気まで奪われて行くきがして、抵抗する力さえ残されてはいない。
十数秒もの長い口付けの後、デリックが漸く口を離した時には日々也は既にぐったりとしていて、はあはあ、と肩で息をしていた。
やってしまった。これ以上は危険だ。デリックの脳内で警鐘が鳴り響く。それなのにいつも余裕たっぷりの王子様が今は自分の真下で余裕も無さげに頬を火照らせ荒い呼吸を繰り返している。もう、後戻りはできなかった。

「ごめん、日々也。俺…今からお前に酷い事するから。ごめんな」

そしてすっ、とその頬を一撫でした後、彼は小さく謝罪の言葉を吐いて自らのネクタイをするりと外した。






「や、だ…ぁ」

下着ごとズボンを脱がせた日々也の足の間に割って入り、デリックは卑猥な音を立てて後孔に埋められた指を動かす。
下半身を露わに、上半身さえもシャツを肌蹴させられた日々也の腕は黒いネクタイでして頭上で一纏めに縛られ、彼の首筋には幾つもの鬱血痕があった。又、彼の腹部にはドロリとした彼自身の白濁が広がり、その後孔は既に二本もの指を飲み込んでいる。

「やだ、っつってる割には気持ち良さそうじゃねえの」
「ひぁっ!」

酷く艶めかしいその格好と声音に、デリックが先程見つけた日々也の弱い箇所を二本の指でグッと押してやればビクン、と痩躯が跳ねて甲高い声が上がる。それが堪らないのか、デリックはゴクリと何度目かの生唾を飲む。

日々也の同意すら求めず、デリックが求めるがままに始めたこの行為。強姦とも呼べる行為とは言え、日々也は彼にとって大切な想い人だ。ハジメテの日々也を無理に襲い、こんな酷い事をしているのだ。恐らく嫌われてはしまうだろうが、それでも日々也は彼にとって大切な想い人。乱雑には扱いたくない。今更すぎて笑えるかもしれないが、せめて少しでも、慎重に。

既に昂り限界に近い自身の衝動を抑え込み、デリックは広げるようにして日々也の秘部を時間をかけて少しずつ解していく。お陰で最初よりかは自由に指も動くようにはなったし、痛がってばかりだった日々也も艶やかな声を零す様にはなった。

「はぁ、あ…んっ」
「日々也、すっげえエロい」
「だれ、が…ああっ!」

それでも日々也のプライドは山よりも高い。合意の上ですら淫らに声を上げはせぬだろうが、強姦となれば尚更だ。極力声を漏らさぬようにギュ、と堅く目を瞑り、唇をかみしめる。

デリックにはそれが辛かった。まるで自分が拒否されているかのようで、辛かった。
それだからだろう。彼の中にまざまざとした支配欲が渦巻く。それは大切だとか慎重だとかいう言葉を飲みこんで内側を支配していく。

気付けば彼は日々也の体内から指を引き抜き、カチャカチャと音を鳴らしてベルトを外すと自らのそれを取り出し、ひくつく日々也の後孔へと宛がっていた。

「デリッ…ク?」

視界を閉ざしていたとは言え、これから何が起こるのかくらいは日々也も察しがついたのだろう。恐る恐ると薄く開かれた瞼から覗く金色の瞳が僅かに揺れた。


『ごめん、日々也。俺…今からお前に酷い事するから。ごめんな』


その時ふと、彼の脳内に先程デリックが発した言葉がよみがえった。
途端、今までされて来た事が笑い事にさえ思えるほどに恐怖が込み上げる。

「あ…、いや…嫌だ…デリック、やめて…」
「お前が悪いんだ。お前が…、お前が…っ俺の想いを何度も、何度も何度も蔑ろにしてきたから…」

だからこれは自業自得だろ?因果応報ってやつだ。

「―――っッ!!」

デリックの最後の言葉は聞こえていたのかいなかったのか。
懇願も虚しく、一気に体内を貫かれた日々也は声にもならぬ声を上げてビクリと体を跳ねさせ背を仰け反らせた。
痛いのだろう。苦しいのだろう。辛いのだろう。縛られた両手はそれでもソファーに爪を立て、目は見開かれ、口は酸素を求めるようにパクパクと開閉を繰り返す。何が起こったのか理解の追いつかない頭はショートし、体は未だに小さく痙攣を繰り返した。

「はっ、…きっつ…ッ、」

デリックはデリックで、追い出さんとばかりに自身をキツく締め付けられ眉を寄せる。
快感よりかは痛みを感じるこの状況。同時に、日々也の顔を見てズキリ、と胸が痛んだ。

日々也が、泣いていた。

見開かれた目の端に溢れんばかりの涙を溜め、飽和したそれがソファーへと滑り落ちて染みを作る。
3ヶ月間。怒った顔も、笑った顔も、驚いた顔も、眠った顔も、沢山の顔を見てきたが泣いた顔だけは見た事がなかった。否、見ないように努力をしてきた。彼は自分の大切な人だから、絶対に悲しい想いはさせたくない、陳腐だとは思いながらもそれが一番だ、と泣き顔だけは見ないでここまでやってきた。
なのに今、デリックの前にいる日々也は次から次へと涙を流している。生理的な涙なのだろうが、少しして落ち着いてくれば、ひっく、ひっく、と噛み殺した嗚咽さえ聞こえてくる始末。これはもう完全に生理的なそれではないだろう。
途端、先程まで我を失っていたデリックに『理性』の二文字が渦巻き始めた。
日々也が泣いているのは自分が原因。自分が泣かせた。大好きで、誰よりも大切な人を。それも一時の情に流されたばかりにこんな酷い、犯罪じみた事をして。先程自分が発した自己中心的な理屈を思い浮かべ、サアッ、と血の気が引くのを感じる。

何が自業自得だ。何が因果応報だ。日々也は何もしていない。悪いのは全部俺だ。その場だけの感情に流され取り返しのつかない事をしてしまった。きっとこの行為が終わったら家を追い出されるかもしれない。寧ろもう俺を見ようともしてくれないかもしれない。声すらかけてくれないかもしれない。

ぐるぐる、ぐるぐる。嫌な考えが脳内を支配する。

嫌だ。そんなのは嫌だ。許してとは言わない。嫌うなとも言わない。だけどせめて、せめて俺を見なくなるのはやめてくれ。俺にとっては日々也だけが必要なんだ。だから日々也の中から俺が消えるのはたえられない。嫌ってもいい、憎んでもいい、だから、だからお願いだからそれだけは――



「…デリ、…ク。泣いて…いる、のか…?」



悲しみと後悔の海。その中からデリックを救い上げたのは他でもない、日々也の白い手だった。
ヒタリ、とその頬に添えられた手が肌を滑り彼の涙を拭う。

「泣いて…ねえよ」
「嘘、つけ」
「…コンタクトがずれただけだ」
「お前、は…目は良かった筈だろう」
「……目にゴミが入った」
「いい加減、認めろ」

幾ら挿れてから時間が経ったとはいえ、初めて男の物を咥え込んで痛みや恐怖はある筈なのに彼はデリックの身を安じる。笑みさえも浮かべて。
デリック。日々也が名前を呼ぶ。日々也。デリックが返す。二人して目を濡らしながら互いの名前を呼ぶ。
日々也。そしてもう一度、デリックが名前を呼んだ。少しだけ震えた優しい声で。

「ごめん、ごめんな。…痛いよな。辛いよな。苦しいよな。怖いよな。こんなにも無理矢理、しかもいきなり犯されて。…本当ごめん」
「……」
「勝手なのは解ってる。けどこれだけは覚えておいてくれねえかな。俺はお前が好きだ。愛してる。本当なんだ。嫌いだからこんな事してるんじゃなくて、お前を好きな気持ちが爆発しちまって、自分を止めれなくなって…。最低なのはわかってる。だけど…本当に、お前が好きで好きで堪らねえんだよ…日々也」

また少し震えた声で、堰を切ったようにデリックは胸の中にあったもやもやとした蟠りを一気に外へと吐きだした。眉をハの字型に下げ、ぽつりぽつりと。日々也はそれを黙ったまま聞いていた。一字一句、たったの一言さえも零さぬように。
二人の間に十数秒もの長い沈黙が流れる。もしかしたら呼吸はおろか、互いの心音さえ聞こえてしまうのではないかと思う程に。

「…俺も、お前に謝らなければならない事がある」

沈黙を破ったのは日々也だった。

「お前はいつも俺の事を好きだ、愛している、と言ってくれた。なのに俺は何度もそれを無碍にしてきた。…笑ってやってくれ、デリック。俺は怖かったんだ。いつかお前が俺から離れていってしまうのが。始まりがあれば終わりがあるように、俺がお前と恋人になればいつか別れが来る。だから、その始まりを無くしてしまえば良いと考えた。…浅はかなのは解ってはいたが、そうする他無かった」

本当なら…俺は、お前に応えられるだけの気持ちは持っていた。なのに、それができなかったのは…俺のこの臆病さ故だ。だから…すまなかった。

止まった筈の涙が再び頬を流れ落ち、波打つシーツに模様を作った。
涙ながらの謝罪と告白。今度はデリックがその涙を拭ってやる番だった。

「っとに…俺の王子様は頭は良い癖に肝心なところが弱くて敵わねえなあ。…俺はお前が好き。お前は俺が好き。これ以上他に何がいる、ってんだよ。この気持ちだけあれば二人、永遠に一緒に決まってんじゃねえか」
「……」
「だから…日々也。そんな怖がらずに俺に応えろよ。俺を受け入れろよ。そうすれば絶対、俺は頼まれてだってお前を手放してやらねえから」
「デリック…」
「な、だからもう一度だけチャンス、くれねえかな。もう順番も何もかも無茶苦茶になっちまったけど…どうしても、言いたい」
「……」
「日々也、俺はお前が好きだ。だから…恋人になってください」
「……」
「…返事は?」
「…お前が俺を好きだと言ってくれるなら、俺はこの身も心も全てお前にくれてやる。…だからお前もその全てを俺に寄越せ」
「はは、勿論、俺の全部はもうずっと前からお前だけのモンだよ」

そうして重なる唇は、少しの酸味と仄かな甘さがした。







告白

(弱さを、愛を)








―――――

念願のデリ日々。
エロの練習もかねて。
尻切れトンボですみません。



20110619

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