静雄が眠りに落ちて、1度目の朝が来た。





結局あの後、臨也は反対側のベッドに上がり布団にくるまるようにして身を横たえた。ただ、彼の頭の中は静雄に関する事で一杯で、とてもすぐに眠れる状態ではなかった。
新羅に問われて咄嗟に出た答え。幾ら苦し紛れだとは言え、人間は心にもない事を口に出す事はできない。そもそも言葉とは人間が己の思いや考えを相手に伝える為の、コミュニケーションツールの一種だ。それならば、あの言葉はもしかしたら自分が自覚していないだけで本当に彼の事を好きなのかもしれない。だとしたら愛情の裏返しというのは言い得て妙な話だ。
彼をお気に入りの玩具として見る、という事は彼を特別視する事と同意義である。歪んでいるとは言え、博愛主義を謳う臨也にとって特別な存在ができるという事は、とどのつまりその人物だけは他人と一線を画すという事。しかし、いくら口で嫌いと罵ろうともそれに付きまとう行動は彼が多の人間にするするそれとほぼ同じものだ。対象を自らの掌で操り、その様を見て嘲笑う。それが彼にとっての愛の形だというならば、静雄への行動はそれを強くしただけのものである。
つまるところ、臨也にとって静雄は人間よりも愛すべき存在なのだ。これは彼が幾ら否定しようとも行動がそうだと実証している。要は、臨也が咄嗟に出した答えはあながち間違いではないのかもしれない。

「…ああ、何で俺がこんなにも悩まなきゃならないのさ」

ぐるぐると脳内を駆け巡る考えに嫌気がさして、やがて臨也は瞼を降ろして思考を閉じた。






そして、時間は現在に戻る。
壁一面の大きな窓から射し込む光に誘われて臨也はゆっくりと瞼を上げた。見慣れない天井に何度か瞬きをしつつ、昨夜の事を思い出す。

「そうか…ここ、新羅の家だっけ」

そしてゆっくりと上半身を起こして真反対側の壁際へと視線を遣れば、そこにはまだ眠ったままの静雄の姿があった。耳を澄ましても聞こえない寝息。もしかしたら死んだのかもしれない、等と有りもしない事を考えて引かれるように彼に近づく。
ゆっくりと上下する胸は生存の証。こんなにも人間から掛離れた生物なのに、静かに眠る姿が厭に美しくて。気付けばその手はそっと、髪を撫でていた。昨夜と全く同じ感触。なのに心の中はやけに澄んでいて。

「…気持ち悪くて、反吐が出る」

訳の解らない妙に苛立つこの感覚に眉を寄せ、臨也は誰かに向けた言葉を吐き捨てその部屋を後にした。






「おはよう、新羅」
「おはよう、臨也」

部屋を出て居間に出てみれば、ソファーに座りニュースを見ている新羅の姿があった。
適当な挨拶も程々に、その後ろを擦り抜け洗面所へと向かった臨也は洗顔やらを終えて再びそこに戻って来る。

「朝御飯は?」
「いらない」
「そんなんじゃ健康に悪いよ」
「なら、そこのリンゴ頂戴」

彼等は本当に昨夜の彼等と同じなのだろうか、と思う迄に当たり障りの無い会話。しかしまるで日常の一齣を切り抜いたこの会話も、それまでだった。

「そう言えば、運び屋は?」
「セルティ?彼女ならついさっき仕事に出かけたよ。……そうだ、思い出した!セルティから君に伝言を預かってたんだ」
「…俺に?何て?」

卓上に置かれたバスケットからリンゴを一つ取り出し、シャリ、と水々しい音を立てて彼は問う。
そうすれば新羅はゴホン、と一度咳払いをして言葉を紡ぎ始めた。

「お前が静雄を好きな事は解った。それにお前が歪んだ愛情の持ち主だという事もわかっている。だが、お前が幾ら化物と罵ろうともアイツは、お前なんかよりも限りなく人間だ。当然、命は1つしかない。これからもアイツがお前の愛情に必ず堪えられるとの保証も無い。だから、これからはせめて、好きな奴にだけは優しくしろ。優しく愛せ。それが人間じゃないのか?…万が一、静雄が死ぬ、なんて事があったら私がお前を殺しに行くからな」
「……それだけ?」
「うん、これだけ」
「…全く、人間外の化物に人間としての事を解かれるだなんてね」
「事実は小説よりも奇なり、だよ。臨也」

シャリ。臨也が最後の一口を食べ終え会話が止まる。
それから僅かほんの数秒。残った芯をゴミ箱に投げ入れながら彼が口を開いた。

「て言うか、新羅。お前、昨夜の事…運び屋に話したのか?」
「うん。朝起きたらセルティにあれからの事を聞かれたから」

そしてすぐに、絶句した。どうりで昨夜、怒っていた彼女が俺を叩起しもせず出て行ったものだ、と。新羅が説明をしたのならば辻褄は合う。

「…新羅」
「何だい?」
「本当、今は誰よりお前を殺したいよ」

静かな朝の一時に、盛大な溜息が落とされた。付けっ放しのテレビからは相変わらず、ニュースキャスターの声が聞こえてくる。

『速報です。本日未明、東京都池袋区の裏路地にて発砲事件が発生しました。死者は粟楠会の組員二名。彼等の所持していた運転免許証は偽造されたものと見て、身元確認を急いでいます。なお、現場には一丁の拳銃が残されており――』






時間は進み、今は既に午後の2時を回る頃。
あの後、急患が入ったと新羅は臨也と静雄を残して家を出た。何でも相手はお得意様らしく、お陰で臨也は静雄の様子見と看病の為に此処で良残りである。
しかしこの状況。彼にとっては好都合以外の何物でもなかった。新羅もセルティもいない今、静雄に手を出そうとも咎める物はいない。もしもここで静雄を殺す事が出来たなら自分は姿をくらませてしまえばいいのだ。
チクタクと時を刻む時計に急かされ手に持っていた携帯を仕舞えば、すっとソファーから立ちあがる。どちらかが帰ってくるまでに事を済まさなければならない。そして彼は音も立てず静雄の眠る部屋へと入り、ベッド脇へと近づいた。静雄は眠り続けるばかりである。

「呼吸こそが命の源。…幾ら化物と言えど、それを止められたら生きる事ができないだろ?」

そしてゆるりと瞳を細め、ゆっくりと喉元へと手をかける。彼が呼吸をしているという事を、その手で実感した後は一度だけ深呼吸をしてグッ、と喉元を押し上げるようにして首を絞め、気道を塞いだ。う、と短い呻き声があがり、酸素を求める口がパカ、と開かれる。

「これは手ごたえありかな」

これで、自分の中を駆け巡る妙な想いから解放される。一つの生命体の為に悩む事はもうない。心中にそんな事を思えば自然と口角が上がるのが解った。
ひゅーひゅー、と細くなる呼吸を耳に、もう一押しだと更にグッ、と力を込める。
刹那。


「…臨也、手前、何してやがる」


今の今まで閉じていた静雄の目がカッ、と開き、その大きな手は臨也の手首を掴んだ。ミシ、と骨が軋む音がして臨也の手が静雄の首から少しずつ離れて行く。
臨也はその一瞬だけ目を見開き驚いたような顔をしたが、すぐにいつも静雄に対するそれを向け、言った。

「何って、見て解らないの?君を殺そうとしてたんだよ」
「ああ、そうかよ。て事はよお、俺がここで手前を殺しても文句はねえよなあ!?」

そして静雄がそう言うが早いか否か。彼はベッドをバネに起き上がるとその勢いのまま、まるで獣が獲物に飛び掛かるかのようにして臨也を床へと押し倒した。突然だった事に加え、手の自由を奪われていては受身なぞとれるはずがない。臨也はしこたま強く背中を打ち、今度は自分が、う、と唸り表情を歪めた。

「はっ、良い様だなあ…臨也君よお」
「はは、本当…相変わらず化物だよねえ、シズちゃん。」
「性根の腐った手前のがよっぽど化物だろうぜ」

大きな物音の後に訪れた緊迫状態。一瞬で逆転した立場。
言葉と視線だけでやり取りするこの鬩ぎ合いはその数秒の後に第三者の訪問により終止符を打たれる事になる。

そう、今まさに静雄が臨也の顔面へ向け拳を振り上げた時だった。急に音を立てて部屋の扉が開いたかと思えば、二人は黒い影に体の自由を奪われた。そしてその影が伸びる方へと視線を向ければ、そこに在ったのはセルティの姿。

『何をやっているんだ、お前たちは!折角仲直りしたと思ったのに…罰として新羅が帰ってくるまでそのままにしていろ!』

カタカタと物凄いスピードで打たれたPDAの文字。
幾ら頭が切れても、幾ら力が強くても、彼女には勝てないと悟った彼等は一度だけ互いに視線を合わせ、はあ、と大きな溜息を吐きだした。



***



「それにしても、よく警察が大人しくこの亡骸を返してくれましたね」
「これは私共の組の不始末ですからね。善良な市民の税を喰らう彼等にはこんな尻拭いより他に適役があるでしょう」
「あはは、それは体の良い理由ですね」

薄暗い白熱灯の元で二人の男が件の死体を囲み、どこか噛み合わない会話を重ねる。死体にメスを走らせるのは新羅。そしてそれを見ているのが四木だ。どうやら新羅の言っていた急患というのは生きた人間ではないらしい。

「それにしても、可笑しな話ですよ」
「え?何がです?」

カラン、と金属音がして膿盆に一発の鉛玉が落とされた。
その上には更にもう一つ、こびり付いた血で赤黒く染まった鉛玉が一つ。

「いやね、貴方が来る前に少しばかり彼らの傷口を見せて貰ったのですが…どうも辻褄が合わないんですよ」
「辻褄?」
「ええ。貴方もニュースで見たでしょう?拳銃が一丁見つかった、って」
「……成程。確かにこれは妙ですね…」

四木から始められた問いかけに、漸くその意味を理解した新羅がポン、と手を叩く。

「拳銃が一丁に対して弾は二種類。現場にはもう一丁、それも違う種類の拳銃が無ければならないといけないのに…どこに消えたんでしょうかねえ」
「さあ。警察でも見つかっていないなら…誰かが拾ってしまったとしか…」

しかしそれならいつ、誰が、どのタイミングで。
渡る人によっては取り返しがつかない事にすらなる事の行く末に、新羅は溜息を吐きだした。

「これが後で、他の事件を引き起こさなきゃいいけど…」









殺害方法4 : 絞殺







―――――

尻切れトンボですみません。



20110611
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