時刻は深夜の12時。
ピンポーン、ピンポーン、とけたたましくインターホンが部屋中に鳴り響く。

ああ、うるせえ。うるせえ。うるせえ。うるせえ。うるせえ。
こんな非常識な事をするのはアイツしかいねえ、アイツ意外考えられねえ。

俺は飲みかけだったビールを一気に飲み干して缶をグシャリ、と握りつぶし、脳内に忌々しいノミ蟲、兼、恋人の姿を思い浮かべてドタドタと廊下を歩く。そして勢いよく玄関の扉を開けた。

「いーざーやーくーん。こんな夜中に訪問するなんざいい度胸――」
「シっズちゃーん!」

ら、臨也が急に抱きついてきて、俺の言葉は喉の奥へと消えた。






素面と泥酔






「い、臨也!手前!急に何しやがる!」
「えへへ、シズちゃん、らぁぶ!俺はシズちゃんが好き!愛してる!」
「だああ!うるせえ!うぜえ!夜中にンな事叫ぶな!近所迷惑だろうが!」
「えー、恋人にうるさいだとかウザいだとか…酷くなーい?」

何とか猛烈アタックを抱きとめ、暑苦しいとばかりにグイ、と肩を押し距離を置く。
見ればコイツの顔は真っ赤で、あからさまに酔っている風だった。おおよそ、仕事先の人間と飲んで来た後だろう。

「ンで手前は酔った状態で俺の所に来やがって…仕事先の人間と飲んで来た、ってか?」
「あれー?よくわかったね、シズちゃん。単細胞の癖に。君はいつも俺の予想の斜め上を行く。これだからこそ俺は――」
「あー、もういい。黙れ」

ほら見ろ、やっぱりな。俺意外の輩とこんなベロンベロンになるまで酒を飲んだ、っつうのは腹が立つが…何もされなかったならまあいい。
しかしまあ、こんな場所で話をするのも何だ。取敢えずにと俺はコイツをずるずると引きずり居間へと運べば、ポイ、とベッドに放った。

「いったー。何?荷物みたいに扱っちゃってさあ。恋人だろ?もっと大事に扱えよ」
「その言葉そのまま返してやるよ」
「シズちゃんの癖に口応えとかムカツクー。大体さあ、君はただでさえバカ力なんだからもうちょっと俺を大切に扱うべきだと思うんだよね。この前だって――」

俺が投げたとはいえ、人のベッドを占領しといてグチグチグチグチ。姑より質が悪い。

臨也とは何度か酒も飲んで、その度にコイツはこうして酔ってグチグチと言葉を零した。所謂、喋り上戸というやつだ。普段から煩くて堪らねえ口がもっと煩くなるもんだから最初こそキレはしたが、最近では俺のスルースキルもあがりこれくらいなら無視できるようになった。ざまあみろ、ノミ蟲。

とりあえずこの煩え奴は放っておいて、俺は酒を飲み直す事にする。トムさんが今日の俺の活躍を労う為にと買ってくれたいつもより随分と良い酒だ。缶である事には変わりないが、トムさんから貰った物なら安酒だろうが飴玉一個だろうが嬉しい。それにテレビはテレビで丁度、幽の特集が始まったところだ。幽の活躍を肴にトムさんから貰った酒を飲む。これ程嬉しい事はない。

「……シズちゃん」
「……」
「……ねえ、シズちゃん、ってば」
「……」
「……ねえ、シズーー」
「あ゛あ?さっきからブツブツブツブツ、何なんだ、手前は」

なのに、その幸せな時間も僅か数分で崩れ去った。背後からシズちゃん、シズちゃん、とノミ蟲が煩い。幾らスルースキルがあがったと言えども我慢には限界がある。だから俺は悪くねえ。
ガッ、とベッドに寝転がったままの臨也の胸倉を掴み、ギロリと睨みつける。途端、ノミ蟲は煩いその口を閉じてしまった。ただ1つ解るのは、俺をジッと見据えているその目は何かを言いたそうだという事だけ。

「…言いたい事があるなら言え。さもなくば黙れ。寧ろ出て行け」

傍から見れば今の俺の行動はまるで恐喝だ。
暴力を嫌う俺にこんな事させるなんざ、碌でもねえ言葉を吐いた暁にはこのまま有無を言わさず放りだしてやる。
そう決意して、俺は臨也の返答を待った。もう幽の特集も聞こえない。口の中の甘い味は消えてしまった。
そして漸く、コイツは口を開く。


「寂しい」


余りにも意外だった言葉に拍子抜けして俺は自分の思考回路が止まったのを感じた。
さっきまで煩かった口はたった4文字しか言葉を紡がない。いつもは鋭く俺を捕らえる瞳も今は俯き加減に沈み、眉は下がりきっている。普段は敵意丸出しのコイツが、今はまるで捨てられた小動物のように見えた。
コイツは例え酔ってもグチグチと煩いだけでこんな事は天地が引っ繰り返っても口にしない。こんな態度を取るだなんてもっての他だ。今日は一体何だと言うのか。やっとの事で、臨也?と名前を呼んでやればコイツは遠慮がちな上目遣いで俺を見つめる。

「寂しいよ、シズちゃん」

静かに返ってきたのは同じ言葉。
いつの間にか俺の怒りはどこかへ消え失せ、今は目の前のコイツの事だけで頭が一杯だ。

「なんで、俺には滅多に笑いかけてくれない癖に…他の奴には笑いかけるんだよ。それどころか折角恋人になってもキスすらしてくれないし。俺を抱く時はまるで性欲処理みたいだし、愛の言葉も吐いてはくれない。ヤり終わったら終わったで甘いピロートークもなし。こんなのセフレと時と何も変わらないじゃんか。恋人になって変わったと言えば、偶に一緒に飲んで話すだけだし、これも友達の延長にすぎないよ」

ぽつり、ぽつり、と紡がれる言葉は俺の心臓をチクチクと刺す。
そうだ、言われてみればそうだ。俺はコイツと恋人になってから一度たりとも恋人らしい事をしてこなかった。改めて臨也の事を好きだと気付いて、下手に触れて壊すのが怖いと思っているのだとしたら、最早慣習となりつつあるとは言えあんな乱暴なセックスをしている時点でそんなのは言い訳だ。

途端、さっきまで鬱陶しいとしか思っていなかった臨也の事が愛しく思えてくる。
普段からこれだけ素直なら、きっと優しくできる。優しくできないのは、コイツが素直じゃない所為。だなんて言い訳と解っている言い訳を繰り返し、もう一度臨也、とできるだけ優しい声で名前を呼び、するりと頬を撫でてやる。
シズちゃん、と名前が返ってきて、ピクリと薄い肩が跳ねた。今ならきっと優しくできる。愛してやれる。
そうしてゴクリ、と生唾を飲み、ゆっくりと臨也の体をベッドに押し倒した。トロン、とした目で俺を見上げる臨也がいやに煽情的で欲をそそる。せめて、理性が飛んでしまうまでは、優しくしたい。

「臨也…、目ェ瞑れ…」

もう一度、名前を呼んで目を瞑るように促せば、臨也は素直に頷いて目を閉じた。そして初めての口付を交わすべく、徐に顔を近づける。しかしその距離僅か数センチにして、俺は動きを止めた。耳を澄ませば、すーすーと静かな寝息が聞こえる。

「…臨也?」

四度目の名前。反応は無い。代わりに聞こえるのは静かな寝息だけ。
漸く決心がついたというのに、緊張感もクソもないうちにコイツは眠りに落ちていた。

「……はあ、っとに…何なんだよ、手前は。自分から誘っておいたくせによお」

それで一気に気が抜けて、溜息を零す。安心した、というのも事実だがどちらかというと残念だと思った事の方が大きい。でもここで欲望の赴くまま無理に抱けば、きっと臨也は嫌がる。キスだけでもしたかったが、ファーストキスはちゃんと起きている時にしたい。

「起きたら覚悟しとけよ、臨也」

俺はそんな独り言を漏らして、臨也を抱きかかえ寝室へと向かった。














―――――
突発文。
ギャグにしようとしたのにしっとりしてた。



20110607
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