右目と怪我との後日談。





ゴールデンウィーク最終日。

学校が休みの間、新羅は予告通り毎日俺の家に来た。時間に早い遅いはあったけど、怪我の診断をする為に毎日訪れてきたのは本当に律義だと思う。
シズちゃんはシズちゃんであの日以来、何だかんだで俺の家に入り浸っている。酷い時には家に泊まっていくくらいだ。怪我をさせたお詫びに食事の用意をするだの、掃除をするだのと言ってるけど…ああ見えて結構寂しがり屋みたいな処があるから少しでも一緒に居たいんだと思う。
それは素直に俺も嬉しい。ただ、妹達は幼いながらに俺達の関係が解っているようでからかわれるのは少し気恥ずかしい気がした。

そんな俺の生活は今日も変わらないわけで、陽も傾きかけた16時。
することもなくシズちゃんと部屋でDVDを見ていたら、新羅の訪れを告げるように玄関のインターホンが鳴った。







「やあ、新羅。いつも御苦労さま」
「うん。ちゃんと家で安静にしてるみたいだね」
「お前との約束を破ると後々が怖いからね。まあ、とりあえず上がれよ」

シズちゃんを部屋に残して玄関に新羅を迎えに上がる。
彼を部屋に残した理由は1つ。まだ新羅に俺達が付き合うようになった事を話していないからだ。勿論、シズちゃんの靴は解らないように隠してある。別に隠しだてする程の事でもないけど、もしもコイツに知れたら厄介だ。



とりあえずいつも通り居間に新羅を通す。
今日は幸いな事に煩い妹達もいない。アイツらがいるとすぐに新羅と首無しの恋愛話を聞きたがるわ、新羅は嬉々として語り出すわで用件が全く進まない。だから今日はスムーズに用件が終わる事に期待する。
そんな事を思いながら医療道具を準備する彼にとりあえずとジュースを出せば、喉が渇いていたのかコイツはそれを一気に飲み干してからゆっくりと俺の右目付近へと手を伸ばして触れた。

「それで、どう?痛みとかはまだある?」
「まだ少し痛むかな。でもそんな対して気にならないよ」
「そう、それなら取敢えず怪我の様子を見てみるから…ここ、座って?」

それから一度手を離してポンポン、と自分の座るソファーを叩く新羅。コクリとだけ頷いてその横に座ればシュルシュルと音を立てて包帯が解かれた。電灯の明かりが眩しくて反射的に右目を閉じる。

「そのまま、目は閉じててね。急に多くの光を取り込むのはよくないし、閉じてて貰わないと怪我の様子が見難いから」
「…ん、」
「……うん、怪我も大分よくなってきたね。これならもう数日もしたら包帯を取ってもいいかもしれない」
「本当?あと数日でこれとおさらば出来ると思うと清々するよ。片目が見えないだけで不便なのは充分理解したしさ」
「あはは、これに懲りたらもう二度と静雄君と喧嘩なんか――」



「おい、臨也。あんま遅えと続き見ちまうぞ」



その時だ。新羅の声を遮ってシズちゃんの声が背後から聞こえてきたのは。
しまった、と思って振り返った時にはもう遅い。もう一度前へと視線を向ければ新羅はピタリと手の動きと口を止めてシズちゃんを見ている。その反応の仕方がまるで天敵を警戒するリスのように見えて可笑しかったが今はそれどころではない。

「…静雄君?どうして君が臨也の家に?」
「あ?何で、って…恋人同士が一緒に居ちゃいけねえのかよ」

しかもコイツは人が折角隠しとおしてきた事を即行でバラしやがった。空気を読まないシズちゃんへの罰として、彼の為に買っておいたプリンはお預けにしよう。

「驚天動地!君たち付き合ってたんだ!」

真偽を確かめるように新羅の視線が俺に向けられる。こうなったらもう言い逃れはできないな、と溜息をつけば、それが火蓋であったかのようにコイツはまるでマシンガンのように言葉を紡ぎ出した。

「ああ、私は嬉しいよ!犬猿の仲だった君たちがこんな水魚の交わりのような関係になるだなんて。いや、これは水魚の交わりと言うよりは刎頸の交わりと言った方がいいのかな。まるで僕と愛しのセルティみたいじゃないか!でもセルティは君たちとは違って可憐で美しくて――」

ぺちゃくちゃぺちゃくちゃ。俺が言うのもなんだけどよくもまあこんなにも口が回るものだ。面倒臭そうな顔をしてもコイツは眉一つ動かさない。神経まで図太いみたいだ。
仕方なく、呆れてその様子を見守っていると、気付けばシズちゃんが一歩一歩こっちに近づいてきていて、そのまま俺の隣に腰を降ろしていた。その表情をチラリと窺えば同じ様に呆れて眉を寄せている。短気の彼でさえ苛立ちを通り越してこの様だ。

「わかったから、良い加減黙れよ。新羅」

このまま放っておけば目の前のコイツは永遠と喋り続ける気がして、歯止めを掛ける。すると次に口にされたのは。

「で、君たちはどこまでいったの?」
「…は?」
「だから、手を繋ぐまで?キスまで?それとも……ぶはぁ!」

何の脈絡も無かった。唐突に下された質問。一瞬思考が停止する。なのにそんな俺を差し置いて、にこにこと笑いながら悪気もなく繰り返される言葉にそれ以上言わせてなるものか、とここで頬に拳を一発。
ついでに黙れ、と言い放って、シズちゃんも何か言ってやってよ、と左を向けば、彼は顔を真っ赤にしていた。

「シズちゃん?」
「一応、キス…は一度だけ。それ以上は…コイツの怪我が、ちゃんと治って…から、が良い」

いつもは遠慮の欠片も無く堂々と言葉を発する彼が、頬を赤らめ語尾を小さくしていく。何で態々質問に答えるのかよりも、その様子が珍しくて俺は絶句した。同時に、かあ、と俺の頬が火照っている気がしたけど、こうなった原因はそれにある事にしておく。


「幸せそうで何よりだよ。」


そしてそれ以上は互いに何も喋らない俺達を見て、新羅はにこりと笑った







新羅が帰って微妙な空気を引き連れたままシズちゃんと部屋に戻り、DVDの続きを再生する。さっきまでは内容に集中して見ていたのに、今はもう集中できない。そんな事よりも、お互い何も喋らないこの空間が気まずかった。シズちゃんはどうだとう、とチラリ、とさっきと同じように左を見やればまっすぐにテレビを見つめる顔。でも集中はできていない。見れば解る。
そこで、ふと思った事があった。思い出してみれば、俺が怪我をしたあの日からずっとそうだった。歩く時は俺の右側に、座っている時は俺の左側に。今だってシズちゃんは俺の左側にいる。偶然と言えばそれだけかもしれないが、偶然にしては出来すぎている。気付けば俺の口は勝手に言葉を紡ぎだしていた。

「ねえ」
「…何だ?」
「シズちゃん、俺が怪我してから君のいる場所に法則性がある気がするんだけど…何?偶然?」
「…右はお前の死角で、左はお前の視界が広いじゃねえか。だから、道路なんかじゃ死角に立った方が安全だし、今みたいな時は…左側に居た方がお前から俺がよく見えるだろ」

その言葉が嬉しくて、恥かしくて。俺はグイ、と彼の襟口を引っ張り顔を近づけ、これ以上言葉を紡ごうとするその口を二度目のキスで塞いだ。















―――――

詰め込みすぎた。


20110602
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