「臨也。こんな夜中に急な依頼をいれるのは今回限りにしてくれよ」
「はは、悪い悪い。報酬は弾むからさ」
「それ、全然悪いと思ってないでしょ」

カタン、と音を立てて淹れたてのコーヒーを臨也の前に置く新羅。それを臨也はずず、と音を立てて啜る。
今この部屋にいるのはこの二人だけでセルティの姿は無い。恐らく自室の布団にくるまりゆっくりと体を休めているのだろう。






臨也が新羅に電話を入れた後、ものの数分で馬の嘶きと伴にセルティがその場に現れた。
彼女はぐったりとした友人の姿を見て、その横に座り込み携帯を弄る臨也に一度は漆黒の鎌を構えたがすぐに思いとどまりそれを仕舞う。そう、静雄の治療を頼んだのは他でもない、臨也自身だ。普段から彼を殺そうと画策している彼がその相手を助けるべく電話を寄越した。何かの罠かとも考えたが、どうしたの?早くしてよ、等と言って静雄から離れるその姿を見るとどうやら本気らしい。何より、湧きあがる猜疑心よりも見るからに顔色が悪い静雄が心配でならない。万が一にも手遅れだなんて事はないだろうが、それでも可能性はゼロではない。

『詳しい話は後だ。早く後ろに乗れ』

彼女はカタカタと慣れた手つきでPDAに打ち込んだ文字を臨也に見せた後、静雄を自らの影で黒いバイクに固定すると、その数秒後には馬の嘶きだけを残しその場を立ち去った。






「て言うか、結局のところどうなの?」
「どう、って…何が?」
「シズちゃんだよ」
「ああ、彼なら無事だよ。幾つか僕の道具がダメになったけどね」






その後、静雄が新羅の家に運び込まれてすぐに緊急オペが始まった。全身打撲と数か所の骨折、後頭部と前頭部の裂傷、そして大量の失血。急を要するものではあったが静雄の持ち前の体力と新羅の腕、怪我をして時間が浅い事が幸いしてどうにか一命を取り留めた。今はぐっすりとベッドの上で眠っている。
一方、新羅が静雄の治療に当たっている間、隣室で臨也から事の全てを聞いたセルティが激昂して再び鎌を構えはしたが丁度治療を終えて戻って来た新羅の鶴の一声で彼女は渋々と自室へと戻っていった。






今はようやく、その全てが終わり一段落ついたところである。


「ところで臨也、今日は一体どういう風の吹き回しだい?」
「何が?」
「何、って静雄君の事だよ。君たちはいつだって互いを無我夢中になるまでに殺そうとしてたのに、どうして今日は電話なんか寄越したのさ。あのまま彼を放っておけば死んでしまう可能性だってあったのに」
「……別に、ただの気紛れだよ」
「ふーん…、もしかして有神論者にでもなったのかい?あの世で縋る蜘蛛の糸を探す為にさ」
「あっはは、やだなあ。俺は昔も今も神様なんて信じてないよ。勿論、未来もね」
「それならどうして?気紛れにしては君の行動は少しばかり不可解だ」

静かに続けられる会話を一度区切り、新羅はカタン、と手に持っていたカップを置いた。中に入っていた少量のコーヒーが揺れて僅かに波紋を作る。

「もしも本当に君が静雄君の事を嫌っているとしたら、然るべき状況での判断は間違えない筈だ。僕は心理学者じゃないから詳しい事は言えないけど、医学書にもそういう結果は出てる」
「……何が言いたいんだよ」
「単刀直入に言えば、君は本当は静雄君を殺したくないんじゃないのかな」

ピクリ、と臨也の眉が動く。それを新羅は見逃しはしない。

「図星のようだね」

にこりと笑い決定打を打ち込めば、漸く臨也は手に持っていたカップを置いて降参だとばかりに手を上げて言った。

「ほんと、お前と話すのは疲れるよ、新羅。…確かに俺は本心では彼を殺したくないのかもしれない。だって、彼は俺の玩具だ。俺はただ、人よりそれを乱雑に扱っているだけ。他よりも丈夫で、滅多に壊れないという保障があるからね。…でも今回、流石にあんな遊び方したら少し修理が必要になったから修理に出しただけの話。気に入った玩具は誰だって長く使いたいだろ?」

勿論、これは嘘である。この場を切り抜ける為の演技だ。口から先に生まれたようなこの男にとってはこんな事は容易い。
しかし、新羅は口許を緩めるだけで何も答えようとはしない。ただ、その目はそれを嘘と見破っているかのような気さえした。恐らく、嘘ばかりを紡ぐその口が本当の想いを紡ぐまでは決して、彼は何も答えやしないだろう。

「……はあ、わかったよ」

臨也には即刻この場を立ち去り答えを有耶無耶にするという選択肢もあったが、現時点で静雄に対しての権威をもっているのは新羅である。当然、それに従ってその選択肢は消えた。残る選択肢は白状のみである。

「その調子だともう気付いてるんだろ?俺はシズちゃんが好き。でも素直になれないからあんな酷い事ばかりをする。言わば愛情の裏返しだ。今回もその延長線上で、殺す気はなかったけどあんな事になって、死なれたら悲しいから運び屋を呼んだ。……これでいい?」

この言葉が自らの口から出た瞬間、臨也は少しばかりの驚きを覚えた。幾ら嘘とは言え、思いつくままに言葉を縫い合わせただけとは言え、どうしてこのような言葉がすらすらと出てきたのか。そう、当然の事ながらこれも嘘である。全ての辻褄が合う答えが他に見つからなかった故の言葉。口から出任せとはまさにこの事。
しかし新羅は納得したかのように、やっぱり、と微笑み、更に話を続けた。

「やっぱり、そうだったんだね。君とは中学の時から長い付き合いだけど…腐るほど聞いてきた君の言葉の中で今ほど納得できた言葉はないかもしれない」
「……」
「どうせ君が付いてきたのも、静雄君が心配だったからなんでしょ?」

どうやら、臨也のついた嘘は新羅にとっては真の事となってしまっているらしい。
臨也は考える。ここでもしも口論を始めたとしたら水掛け論になるのは目に見えている。コイツはそういう男だ。それならば、適当に場を合わせて少しずつ自分の掌で躍らせていけばきっと状況は自分の良いように転がる筈だ、と。

「…幾らお前に実績があるとは言え、やっぱり心配だからね。アイツが気絶しているのをいい事に解剖とかやりかねないし」
「無念千万!臨也、僕の腕の程は君が一番よく知ってるだろ?そりゃあ…少しは解剖してみたい、って気持ちも無いと言えば嘘になるけど…流石にあんな状態の彼に手出しはしないよ。大体、彼を解剖するならそれ相応の準備も必要だし、そんな想い立ってできる事じゃないんだ」
「確かに、お前の腕は評価に値するけどさあ、その性格は評価できない。評価したってマイナス点だ。…何と言っても、愛する人を手にいれるために彼女を20年間もの間騙しぬいたんだ。そんな奴を信用しろ、っていう方が無理な話だよ」
「僕は愛のためなら手段を選ばないよ。でも、静雄君に向ける感情は愛じゃないからね。それとこれとは別の話さ」

口早に広げられる会話。放っておけば朝まで続きそうなこの会話に終止符を打ったのは丑の刻を指した時計の音だった。瞬間、二人は口を閉じて静かな音楽に耳を傾ける。
人間とは不思議なもので、幾ら会話が白熱していようともほんの些細な切欠でそれはピタリと止んでしまうのだ。そしてどちらともなく、言葉を発する。

「…臨也、今日はもう遅い。終電もないだろうし、本当なら僕とセルティの愛の巣に二人も男を泊めるだなんて真似したくないけど…静雄君の事もあるし今日は泊まっていきなよ。部屋は静雄君と相部屋でよければもう1台ベッドがあるからさ。そこが嫌ならこの部屋を使うと良い」
「恩に着るよ、新羅」






新羅と別れた臨也は忍び込むようにしてその部屋へと入り、一番暗い灯りを灯した。目に優しいオレンジ色の光が淡く室内を照らす。新羅の言った通り、そこにはベッドで眠る静雄の姿とその反対側の壁際にもう1台、空のベッドがあった。シーツから毛布まで真っ白なそれは如何にも診療ベッド候である。
しかし臨也はそのベッドに向かうと思いきや、彼の足は静雄の元へと向いていた。物音一つ立てずゆっくりと静雄に近づいた彼はギシ、とだけ音を立ててベッド脇に座る。そしてそっと静雄に掛けられた毛布を捲ればその下からガーゼや包帯といった治療後が目にとまった。何の気なしにその右胸辺りをグッ、と押してやれば、うっ、と呻き声が漏れる。しかし目を覚ます気配はない。すると彼は毛布を掛け直し、次いですやすやと眠る静雄の顔へと視線を向けた。丁寧に頭に巻かれた包帯が薄暗い中でもよく映える。

「…新羅もバカだよねえ。あんな嘘に騙されるどころか、俺をコイツと同じ部屋にするなんてさ」

そっと、包帯から覗く金髪に左手を伸ばし梳くように撫でれば、お世辞にも質が良いとは言えない髪がパサパサと指から擦り抜けていった。

「こんな絶好のチャンス。俺が逃す訳ないじゃない」

臨也は呟くように言葉を漏らせば、左手はそのままに、右手にナイフを滑らせパチン、と音を立ててそれを開く。そしてそれを、そのまま、静雄の首筋へ宛がい。

「シズちゃん。君も体のつくりが人間と同じだとしたら…流石に頸動脈を切れば今度こそ出血多量で死ぬよね」

グッと力を込めた。ぷつ、と皮膚が切れる音がして真赤な血が首筋を伝い白い枕に染みを作る。


しかし、それだけだ。たったそれだけのことだった。


臨也が力を加えようともそれ以上刃は進まない。頸動脈を切るどころかそれにすら辿りつけやしないのだ。
彼は聡い人間。だからすぐに察したのだろう。この方法でも目の前の化物を殺す事はできない、と。

「はは、…マジかよ。体が丈夫、ってのもここまで来ると…化物と呼ぶのもおこがましい気がしてきた」

深夜のとあるマンションの1室。一人の人間の乾いた笑い声は誰に聞かれるでもなく闇に消えた。









殺害方法3 : 刺殺







―――――

シズちゃんがまた空気。


20110528

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