*DV静雄
シズちゃんの愛は痛い。
これは喩え話なんかじゃなくて率直な感想だ。
殴って、蹴って、
晩御飯を食べ終えて風呂にも入り、携帯電話を触っていた時の事だ。
バキッ、と鈍い音がしたかと思えばワンテンポ遅れて俺の頬に鈍い痛みが走り床に伏す事になった。持っていた携帯電話はその拍子にフローリングの床を滑り手の届かない場所へ。
何が起こったのかと思うのも一瞬だけ。だって、こんなのは日常茶飯事。珍しくも何ともない。
「痛いよ、シズちゃん」
一息だけ付いてゆっくりと体を起こし其方を見れば、案の定、拳を構えたままのシズちゃんが立っている。息は荒く、肩は上下していて、鬼のような形相で俺を睨み付ける。まるで怒り狂った獣のようだ。
怒り狂った獣。この表現は言い得手妙だと自分でも思う。人間と獣の違いは理性を持つか持たないか、だ。今のシズちゃんは後者。
そんな事を考えていたらもう一度バキッ、と音がして頬に衝撃が走る。今度は手を付いていたから倒れはしなかったけど、口の中に鉄の味が広がる。あ、口の中…切れた。
「ねえ、痛いってば。今回は一体どうしたの?」
出来る限りゆっくりとそう尋ねたのに、返ってきたのは言葉じゃなくてゴツゴツとした拳。今度は反対側の頬に一発。右も左もヒリヒリと痛い。
「俺、何も悪いことしてないんだけど」
「……。…携帯」
「携帯?」
構えられた拳が漸く下げられる。それでも怒りは治まらないようで、フー、フー、と漏れる吐息が耳をつく。
どうやら今回の原因は携帯電話のようだ。
「携帯がどうかした?取引先と連絡しあってただけで別に疚しい事なんかしてないのに。何なら君の目でチェックしてくれても──」
喋り終わらない内に本日4度目の拳が体を抉る。今度は鳩尾。
「っー…ゲホッ、ゴホッ…ゲホッ」
流石にこれは効いた。思わずその箇所を抱えるように腕を巻き付け体を丸め、激しくせき込む。腹の奥から何か熱い物がせり上がって来たけどグッと堪えてそれを飲み込む。そんな俺を目の前の獣は冷ややかに見下ろすだけ。
一頻り咳き込んで落ち着いた頃、上から言葉が降ってきた。
「そうじゃねえよ。誰かと疚しい事してンならそれはそれで問題だが、そうじゃねえ。俺は前にも言ったよなあ、その危ねえ仕事から足洗え、って」
まるで猫のように首根っこを掴まれて無理矢理立たされる。微妙に足が付いていないもんだから少し苦しい。
「……無理だよ。俺はもう抜け出せないところまで来てるんだ」
「……」
ピクリとシズちゃんの眉が跳ねる。その後に数秒間続く無言の間。このパターンは前にもあった。
体に力を入れるのと同時に蹴りが脇腹を抉る。ミシ、と骨が鳴いてまた錆臭い液体が食堂をせり上がって咥内に溜まる。今度はそれを飲み込む余裕なんかない。俺は大袈裟に咳き込んで大量の血をフローリングに零した。
こうなったコイツの蹴りは一発が重いから、毎度毎度意識が飛びそうになる。意識が飛ばないとしてもダメージは大きい。今回は多分、肋骨が数本いった。
そんな俺を彼は漸く解放してまるで荷物のようにドサリと床に落とす。その僅かな衝撃さえも痛みに変わり、俺の体力値はもう限界だ。
これだけ酷い暴行は久しぶりで、流石に段々と意識が薄れるのを感じる。俺を見下ろす冷ややかな視線に何か言い返す気力も無い。
「……おい」
「……」
「…臨也」
「……」
「返事、しろよ」
「……」
返事したらまた殴るんだろ?だから、もう良い、放っておいてよ。今日はこのまま、楽になりたい。
「臨也…っ」
ゆっくりと瞼を降ろせば流石に焦ったのか、切なそうな慌てたような声が俺を呼ぶ。それから多分、抱き締められた。
体、起こさないでよ。痛いんだから。放っておいてってば。
「臨也…。ごめん、本当はこんな事したくねえのに、っ…ごめん、ごめんな」
ああなった君が力をコントロール出来ないのは知ってるけど毎回そうやって泣きながら謝るなら、暴力なんて振るわないでよ。
「ごめん、臨也…好きなんだ。お前がどうしようもないくらい好きなのは本当だから…俺から、離れんなよ…。俺のいない所で…勝手な事すんなよ…っ」
あーあ、大の大人が嗚咽なんてあげちゃって……これじゃまるで俺が悪いみたいじゃん。
段々とシズちゃんの声が意識を道連れに遠くなる。流石に…そろそろ、限界。
「愛してる、臨也」
最後に聞いたのは、泣きながらの愛の告白。
ねえ、シズちゃん。心配しなくても俺は君から離れたりなんかしないから。だから…殴って、蹴って、最後にこう言って。
愛してる。
―――――
一度は書きたかったDV静雄。
お互い微妙にヤンデレだと美味しい。
20110524