「楽しみだなあ、楽しみだなあ」
まるで子供のようにはしゃぎながら折原臨也はゆっくりと階段を下りていく。
屋上から静雄を突き落とした今、後はその死を確認するだけなのだから別に急がずとも良い。外の階段を使うだなんて危険な真似をするよりかは屋内の階段を使った方が良いに決まっている。それに屋内の階段を使えば安全を保障されるだけでなく、内部ならではの楽しみだってあるのだ。
「ナイフで刺しても、トラックで轢いても死なないあの化物だって、流石に30階もの高さから落ちれば死ぬに違いない。あっはは、一体どんな顔でアイツは死んでるのかなあ。落ちていく瞬間は不敵に笑みを浮かべちゃったりしてたけど……ああ、楽しみだなあ、楽しみだなあ」
F25、F24。目に映る錆びれた文字。
屋内に僅かに反響するだけの、虚しく長い独り言は続く。
「残りは24。まるで神にでもなったかのような気分だ。普段、階段を上り下りしても現在位置を示すだけのこの文字が、今の俺にとってはアイツの死へのカウントダウン。俺が階段を全て下り切って数字が1になったそこにあるのは、アイツの死体」
このじわじわとアイツを殺していく感じ、本当に堪らない。
数分後、漸く地上へと辿り着いた彼はギイ、と音を立てて重い扉を開いた。
出てきたのはビルとビルの隙間で幅5メートル足らずの路地裏。隣のビルも随分前から使われていないのか、その外壁は所々罅割れてさえいる。高いビルで閉ざされた狭い空を見上げれば数個の星と雲隠れしそうな月の姿。目を細めれば数メートル先が見えるだけの薄暗いその場所は何とも不気味で近寄りがたい。
「こんなにも人間の煌びやかな世界から隔離された場所、アイツにはピッタリな死に場所だ」
そんな中、闇にまぎれて臨也は笑う。彼の死に様を想像して。それを発見する数分後の自分を想像して。一歩、一歩と暗闇の中を進み、蘭々とした赤い瞳を左右に走らせる。
大量に血を流しているのか。首の骨を折っているのか。それを考えただけで思わず笑いが込み上げてくる彼は別に狂人と言う訳ではない。寧ろ博愛主義を謳う彼がここまで一生命体に固執する様はまるで――。
「みーつけた」
その時だ。臨也の視界に金色が映る。本来ならばこの薄暗い路地裏には決して存在しない色。
嬉しそうに弧が描かれた口許は歪で、そのくせ足取りは軽く、意気揚々として彼に近づくその姿は滑稽というよりは不気味と言った方が正しい。
取敢えず手を伸ばせば届く範囲へ来て見れば、白いシャツに赤い血を滲ませぐったりとしている事がわかった。それと同時に僅かに胸が上下しているのも解る。
途端、臨也の顔つきが変わった。ついぞ先程まで楽しそうだったその顔も今は酷くつまらなさそうだ。
「なんだ、死んでないじゃん」
期待外れだとばかりに溜息を吐き、天を仰いだ瞬間。ピチャリ、と音がして不意に頬に冷たい感触を感じた。
何が起こったかは解らない。何かが降ってきた。雨かとも思ったが天気は悪くない。それなら一体何が。
それを確かめるべく頬を指で拭って確認してみたそれは、ドロリとした鮮血。まだ液体として形を保っている事からそれが静雄のものだと確信する。しかし、当の本人はここでぐったりとしているのに一体どうして上からこんな物が降ってくるのか。空へ向かって目を細めればすぐに謎が知れた。
臨也の真上、壁から少し飛び出たコンクリートの柱。それが不自然に欠け、赤い血が付いている。よく見れば静雄の周りにその破片らしきものが散らばっていた。
つまり静雄は落下する際、そのコンクリートに頭をぶつけたお陰でこの傷を負ったという訳だ。それに加えてよく考えてみたら、普段は近づこうものなら獣の如く襲いかかる彼も今はどれだけ近づこうとも反応が無い。これは重傷だ。
「ははっ、何これ。殺しそこねた俺を憐れんで神様が一世一代のチャンスでもくれたのかな」
幸いにもここは路地裏。しかも時間帯は真夜中。多少の物音がしても誰かに聞かれる事もなければ、間違っても警察が巡回しているなんて事はない。
臨也は一通り辺りをぐるりと見渡し、近くに転がっていた直径5センチメートル程度の鉄パイプをグッと両手で握りしめる。そしてゆっくりとそれを頭上に掲げ、静雄めがけて思い切り振り下ろした。
静かな路地裏にガッ、と鈍い音が響き渡り、臨也の腕に相当の衝撃が走る。つまり言いかえればそれ相応の手ごたえがあった。その証拠に鉄パイプはぐにゃりと歪み、静雄の額からは新たな血が流れ出している。うめき声すら漏らさなかった様子を見ると、打ち所が悪くて即死か、ダメージが少なかったのか。
「…やっぱりダメ、か」
どうやら結果は後者だったようで、薄く上下する胸を見て落胆したかのように臨也は鉄パイプを後ろに投げ捨てた。宙に放られたそれはカラン、と音を立てて一度壁にぶつかった後、床に落ちる。
そして未だに目を覚まそうとはしない静雄の傍らに腰を降ろせば酷く穏やかな息遣いが耳を付いた。まるで放っておいたらこのまま死んでしまいそうな気さえする。心なしかシャツに染みた赤は先程よりも広く、顔色も悪い。恐らく血が足りなくなってきているのだろう。
もしもこのままコイツを放置すれば、それなりの確立で死に至る。仮に出血が止まったとして、こんな薄暗い場所に足を運ぶのはその手の人間だけ。場合によってはピストルで一発だ。
「…コイツが何処でのたれ死のうが、誰に殺されようが俺は興味ないけどさあ、不愉快なんだよ。俺の知らないところで自分の玩具が壊されるだなんて」
自然と口から漏れだした思考はまるで自分がこれから成さんとする矛盾を意味づけしようとでもしているかのようで。彼はポケットから携帯電話を取り出し、とある級友へと電話をかける。
「もしもし、新羅?俺だけど…夜遅くに悪いね。ちょっと運び屋を寄越してよ。……うん。場所は――」
殺害方法2 : 撲殺
―――――
シズちゃんがほぼ空気ですみません。
20110524