「六臂さん、今日の晩御飯、何が良い…です、か?」
「………」

六臂さんは基本、何も喋らない。意思疎通の方法と言えば偶に首を振る程度。だけど俺は六臂さんの事が好きで、大好きで。だからほんの僅かでも“会話”ができる事が嬉しい。それでも、その“会話”だって成り立つのは偶にで、普段は俺の言葉なんか受け流される。……実を言うと、少し、寂しい。でも俺は長い間六臂さんを独りにしてたんだからそれくらいは堪えるべきだ。俺が作った六臂さんの心の隙間は俺が埋めなきゃいけない。

「昨日は…オムライス作ってくれたし、その前は焼き魚だったから…今日は中華…ですかね」
「………」

そう自分に言い聞かせても、何も答えてくれないのはやっぱり寂しい。
六臂さん、俺達にはちゃんと口があります。だから会話をしましょう。俺は貴方と、少しでも会話がしたいんです。

「中華だと…麻婆豆腐に天津飯、美味しいもの沢山あって迷っちゃいます、ね」
「……」

じっと俺を捕らえて離さない赤い瞳。
確かに貴方の眼には俺の姿が映っています。でも、本当に映っているだけのようで偶に、怖いんです。貴方は俺を待っていてくれた。俺も貴方に会えるのを楽しみにしてた。お互い両想いで、恋人で。これは確かな事実だと解っているのに、怖いんです。

「あ、でも中華と言えばやっぱり春巻きは欲しい…です、よね。餃子とかも好きですけど、俺は…春巻きの方が好き、です。……六臂さんは、どう…です、か?」
「……」

ちゃんと喋ってくれなきゃ、答えてくれなきゃ、怖いんです。不安なんです。恋人と思っているのは俺だけなんじゃないか、とか、本当は六臂さんは俺が好きじゃないのか。そんな事を考えてしまうんです。

(あ…、泣きそう…)

そう考えてたら鼻の奥がツン、として目頭が熱くなってきた。涙がもうすぐそこまで押し寄せているのがわかる。

「……あ、あの…ごめんなさい。材料…買いに行ってきます、ね」
「……」

きっとここで泣いたら可笑しな奴だと思われる。だから今は逃げだそう。買い物に行っている間に少しでもどんな話題なら会話してくれるのかを考えよう。沢山沢山、話題を考えれば1つくらい、会話ができるものがあるかもしれない。
溢れそうな涙を堪えて、ぎゅ、と肩かけの鞄のベルトを握り、マフラーに口許を埋めて踵を返す。

「月島」

そんな折、不意に俺の名前が聞こえた。
それは六臂さんの声にも聞こえたけど、そんな筈はない。これはきっと俺の想いが募っただけの幻聴に違いない。

「月島」

同じ声がまた俺の名前を呼ぶ。
今度はしっかりと聞こえた。これは幻聴じゃない。
ゆっくりと後ろを振り返れば、六臂さんが変わらず俺を瞳に映していた。

「六臂、さん?」
「中華、なら…春巻きとあんかけ御飯が食べたい」

その口から漏れたのは晩御飯のリクエストで、驚いて目を瞬かせていたら小首を傾げられた。

「…ダメ、なの?」
「え、あ…良いですよ!なら今日の晩御飯はその二つにしますね!腕によりを掛けて作るので楽しみにしてください!」
「…うん」

こくり。六臂さんが縦に首を振る。そして何より、ちゃんと口で喋ってくれた。
それが嬉しくて、嬉しくて、多分、今の俺の声は少し上ずっていて。でも、そんな事はどうだって良い。六臂さんと会話ができただけで俺はもう大満足。

「それなら、行ってきます、ね!」
「…いってらっしゃい」

今日の晩御飯は、きっと楽しい食卓になるだろうな、なんて思いながら俺は家を出た。








会話
(少しずつ、一歩ずつ)






―――――

ヘタレな月島と無口な六臂。
本当は沢山会話したいけど、口調がキツい所為で月島を傷つけたくなくて結局喋れない六臂だと可愛い。



20110520
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