*臨也の日ネタ





「臨也、飯、何食いたい?」

同棲を始めてから1ヶ月。御飯を作る係は俺だと決まっていたもんだから突然のこの言葉には正直、驚かされた。少なくとも、思わずチャットに勤しんでいた手が止まってしまう程には驚いた。
最初は、俺が奢るからどこかに食べに行こう、なんて言っているんだと思ったけどエプロンを着ているのをみたところ、どうやら、今日の晩御飯は俺が作る、とでも言っているらしい。

「…どうしたの?急に。気持ち悪い」

何を企んでいるのかと怪訝そうに眉を寄せたら、うるせえ、さっさと決めろ、と睨まれた。それに対して更に言い返してやろうかとも考えたけど、喧嘩にでもなって部屋がぐちゃぐちゃになるのは面白くないからやめた。ここは大人しく従おう。

「おい、さっさと決めろ」

仕方なしにと、んー、と唸って考えていれば催促する声が飛んでくる。
急にそんな事聞かれてパッと答えが出る訳ないだろ、バカ、そんな事を内心で毒づきながら、ふと最近麺類を食べていない事に気づく。昨日は魚。一昨日はカレー。その前は餃子。何だか麺が食べたい。

「カルボナーラ」

そうして散々悩んだ挙句に出た答えがそれ。
さっきまで眉間に皺を寄せて苛立ちを露わにしていた癖に、今俺の目の前に居る彼は、そんなんでいいのか?と目を丸くしている。本当は満漢全席とかイタリアンのフルコースだとか言って困らせてやるのもありだと思ったけど、やっぱり喧嘩になるのは面白くないからそれも却下。何より、今はそんな物よりもカルボナーラが食べたい。
依然として意外そうな、驚いたような、そんな風貌のシズちゃんに問いかける。

「何?ダメなの?リクエスト取っといてそれは無いんじゃない?」
「いや、別に。手前がそれを食べたいなら別に良い」

そんな短い会話。
それなら、今日の晩飯はカルボナーラな、とだけを言い残して台所へと戻っていく彼。
その後姿を見て、ふと一抹の考えが浮かんだ。

(シズちゃんって、料理できたっけ?)

思い返せば、こうして同棲するようになって早数ヶ月。朝も昼も夜も、御飯を作っていたのは俺だ。俺が仕事で作れない時なんかはシズちゃんは勝手にコンビニ弁当やらファストフードやらを買ってきたりしてた。それに試しに一度だけ御飯を作るよう頼んだ事もあったけど、面倒臭え、と一蹴された覚えもある。
そこから導き出される結論として、俺はシズちゃんは料理ができないものだと思っている。それなのに彼は、今日の晩御飯は俺が作る、なんてのたまう始末。
そう考えると急に心配になった。不安要素は二つ。一つに、持ち前の怪力で調理道具が使い物にならなくなってしまう事。二つに、何か劇物ができあがってしまうのではないかという事。
そうなってはたまらない、と俺はさっきからのチャットをほったらかしにして立ち上がり、台所への敷居を跨ぐ。

「手前はそっちで待ってろ」

次の瞬間、背中から低い声が飛んできた。
条件反射のように止まる俺の足。

「でも…」
「いいから。待ってろ」

食いさがってはみたが返ってきたのは同じ言葉。どうやら手伝う事も監視する事も許されないらしい。
こうなったシズちゃんは頑固だ。梃子でも動かない。万一動いたとしても、戦争勃発。そうなれば台所どころか部屋中がぐちゃぐちゃになるのは必至。
仕方無い。はぁ、と溜息をついて俺は再び居間へと戻り、カタカタとキーボードに指を走らせる。

『なんかー、これから私の彼氏が料理してくれるみたいなんですけど』
『彼って、料理できなさそうなんですよね!』
『私の綺麗に整頓された台所が破壊される上に劇物とかが出来ちゃいそうな予感!』
『もし後日、池袋の家で変死体が見つかった。なんてニュースがあったら私の為に御冥福お祈りしてくださーい!』

そうして、大凡笑い話にもならないような、もしかしたらこれから起こるような事をチャット画面に打ちこんで、俺は時が迫るのを待つことにした。



***



1時間後。

(…信じられない)

俺の目の前にはそれはもう美味しそうなカルボナーラがあった。良い具合に半熟に蕩けた卵が余計に食欲をそそる。
信じられない。ともう一度心の中で呟く。目の前の受け容れ難い事実に俺の頭はショート寸前だった。
問題のシズちゃんはと言えば満足そうにテーブルを挟んで俺の向かい側に座っているどころか、自分の分のカルボナーラを頬張っている。チラリと見やったその先の台所は綺麗に片付いていて、それに加えて目の前の彼が黙々とそれを食べる様子から俺の不安要素は二つとも解消された訳だ。
そして再びカルボナーラへと視線を落とし、信じられない。と三度目の言葉を心の中で呟く。

「どうしたんだよ。さっさと食えよ」

そんな折、一向に食事を始めようとしない俺についに声がかけられた。
ビクリと肩を跳ねさせて前を見れば怪訝そうに眉を寄せる彼。

「自分でリクエストしといて、今更俺の作ったモンが食えない何て言わねえよなぁ?臨也君よぉ」

ジトリとした有無を言わさない視線。
ここで、はいそうです。何て言える訳もない。俺に残された道は1つ。

「あははっ、そんな訳ないじゃない。初めての君の手料理なんだからパッパと食べちゃうのは勿体ないと思っただけ」

取ってつけたようにそう言ってにこりと笑って見せれば、そうか、と照れたようにぽりぽりと頬を掻くシズちゃん。不覚にも、可愛いだとか思ってしまった。今すぐ自己嫌悪に陥りたい。でも今は、目の前のそれに手をつける事が先決だ。

「いただきます」

心を決め、フォークでそれを絡みとる。半熟卵をしっかりと絡めたそれを、ゆっくりと口に運び、租借した。


………美味しい


素直にそう思った。今の今まで疑っていた自分が馬鹿らしく思えてくる。
一口目を味わった後は早かった。二口目、三口目、と口に運ぶ内にあっと言う間に皿は空になる。
ごちそうさま、と手を合わせれば、美味かったか?と聞かれたもんだから、美味しかったよ、と答えればシズちゃんはほんの僅かに頬を染めてはにかんだ。



***



それからまた1時間位時間がたっただろうか。
とりあえず使った食器を片づけて、各々風呂に入って、二人して寝ころんでテレビを見る。

「ねぇ、シズちゃん」

ゆったりと流れる時間。
流れてくるテレビの音をぼんやりと聞きながら俺はシズちゃんに話しかけた。

「んー?」
「シズちゃん、料理出来たんだね」
「当たり前だ。バカにすんな」
「でもさぁ、今まで一度だって作ってくれなかったじゃない。前も頼んだら面倒臭いだか何だかで嫌がってたのに」
「それは…手前の手料理が、食いたかったから」

急に勢いを失ったように漏らされる声。何だかこっちまで恥ずかしくなる。

「それなら、何で今日は作ってくれたのさ。ご丁寧にリクエストまで聞いてくれてさぁ」
「2011年3月8日」
「…は?」
「だから、2011年3月8日」

繰り返されても解らないよ、シズちゃん。
一体何が言いたいのか全く解らなくて俺は眉間に皺を寄せ懸命に考える。思い当たる節なんて全く無い。
十数秒の間、そんな俺を黙ったまま見守っていたシズちゃんだったけど、漸く口を開いた。

「だから、年号の下一桁と月日の数字を並べると、138じゃねえか。つなげて読めば“いざや”って読めるだろ?だから、そんな日くらいは、飯、作ってやろうと思って、」

そこまで聞いて俺は思わず噴き出した。

「あっはは、何それ!そんな記念日聞いた事ないよ。ていうかシズちゃん、面白すぎ」

それが可笑しすぎて、こんな些細な事で記念日を作ってくれるのが嬉しくて、何だか涙が出てきた。これはもう、ツボに入ったという事にしておこう。
いつもなら、俺がこんなふうに笑えばすぐに殴りに来る彼だけど、今日は照れ臭そうに頬を赤らめているだけ。ああ、もう。本当可愛いなあ。
滲んだ涙を服の袖で拭って、シズちゃん、と名前を呼ぶ。何だ?と返事が返ってきたから、ありがと、なんて柄にもない言葉を乗せて触れるだけの口付けをその赤く染まった頬に落とした。

「ねぇ、また手料理作ってよ」
「…十年後の今日に、な」

益々頬を赤らめてそう答える彼。
今度はその唇に、俺はもう一度触れるだけの口付を落とした。







十年に一度







―――――

改装前の作品リメイク。
もともとは2011年3月8日に上げたものです。
ちゃっかり二人が同棲してます。




20110503


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