苦渋ケーキ





あ、と小さく放たれた言葉は誰にも届くことなく、ゆっくりと地に落ちた。


「……っ、」

見たくもない光景が残酷にも隅々まで目に焼き付けることになって、物凄く泣きたくなる。けど泣いたって何かが変わることなんてないと前の私が語っている、だから泣かない。否、泣けないんだ。



レッドとは昔からの幼なじみというやつで旅に出たのも同じ日だった。なのに、あいつは何時の間にか気付かず内に私から遠く離れていたのだ。それはグリーンも変わらない、二人して強くなってチャンピオンになって。世界がまるで違った、私一人置いて二人は違う世界へと旅立ったのだ。置いて行かれまいと必死にもがいていた私はとても無様だっただろう。


「……レッド、」

今になっては、あのグリーンはトキワのジムリーダーを務めレッドはシロガネ山へと挑戦者を待ちながら籠もった。私はと言うと何とかジムバッチを制覇して、やることも見つけられないままで放浪ばかりだ。それを見かねたグリーンなのか、一つ私に仕事を与えた。


「……馬鹿グリーン、私よりこの仕事合ってる子いるじゃない」


ぎゅ、と握り締める袋の中は沢山の食料や飲料水などがある。これをレッドまで運ぶのが私の仕事だったのだ、さっきまでは。あのように笑うレッドは私のこのちっぽけな人生の中で見たことがない。私じゃあとてもじゃないが、レッドをあんな風に笑わせてあげられないよ。


好き、なんだろう私はレッドが。マサラに居た時も旅を始めた時も遠い世界へと行ってしまった時もずっとレッドを目で追いかけてきた。初めは憧れなのだろうかと思っていたがこの気持ちはとても憧れに抱くような気持ちではなく、今こうしてレッドと見知らぬ女の子が笑い合うその姿を見ているだけで胸が張り裂けそうになって苦しい。







「…見なければよかったよ」


声も掛けずに引き返した私は誰にも聴こえないようにぽつりと呟いた。


苦渋ケーキ

end (20121114)




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