此処から世界が終わる
"プラズマ団の王"この言葉が何を意味するか、馬鹿な私でも分かったのだ。彼の透き通るかのような声は残酷にも私の心をいとも容易く貫いた。驚愕に目を見開く私を彼は大して気にもせず見ていた。ガタンと大きく揺れる室内、バランスを崩しながらも私は慌てて彼から距離を取った。此処はと言うとライモンシティにあるあの有名な観覧車内だ。二人でしか乗ることの出来ないこの変わった観覧車を乗りたいと言った彼に同行したのが私だ。――彼とは、本当に最近知り合ったばかりなのだ。
知り合って間もないが、彼に対して警戒心も無く寧ろ私にとって大切な人の一人になるような人だ。だが、彼は言った、自身は"プラズマ団の王"と。一応トレーナーである私はプラズマ団と言う組織の名も何をしているかも耳に入っていた。
「…どうして、私に言うの?」
素性を明かすことによって彼にメリットはさて、あるのか?逆にデメリットの方が高いんじゃないかと私は思った。増してやあのプラズマ団の親玉が敵対しているトレーナーに易々と素性を明かすのだろうか?…冷や汗が増したような気がした。
「どうして、だと思う?」
「……」
まるで、私を試すように彼は笑う。小さく震える身体に鞭を打ち彼を見る、目を合わせることすら怖くて堪らなかった。とてもじゃないが、私の知っている彼の目ではない。彼の質問にただ無言しか返せずにいれば、彼はあろうことか私と距離を縮めようとする。
「…こ、来ないで…」
「僕が怖いのかい?」
「……っ、近寄らないで」
密室で、加えこんな狭い空間で距離を詰められるのは数秒も掛からなかった。壁に張り付くようにギリギリまで離れた距離は今や数センチしか離れておらず、小さく震えていた身体は震えが増し、冷や汗が滴る。
何とか顔を背け彼を視界に入れないようにし、外の世界へと目をやる。が観覧車は遅くまだまだ先は長く絶望的に堕ちた私の腕が突如悲鳴を上げた。
「…っ…い、!」
「…ふーん、細いんだね」
ガッ、と乱暴に掴まれた片腕は彼の力によりギシギシと音を鳴らす。あまりの痛みに腕から手を離そうと試みるがかなう訳もなく、彼のやりたい放題だ。あまりにも近付く距離に顔を背け続けていたいが、片腕が悲鳴を上げている為成るべく目を合わせぬようにと目線を落とし腕を離そうと再度試みた。
「無駄な抵抗は止めなよ、」
「……うっ!?」
痛みに声を上げれば、煩いなあ…と口内に突っ込まれた異物。――――彼の指だと理解するのにあまりにも時間が掛かった。喋られなくなった私の口は彼の指で一杯になり気持ち悪さに顔を背けようとすればさせずと彼は私の顎を固定し動けまいとした。口内で妖しく動く指に泣きそうになった。
「…名前はさ、」
「……っ、」
「僕にこんなことされるの待っていたんだろう?」
「……、っ…!」
"違う"そう口にしたい言葉は指によって阻められてしまう。彼は涙目の私を見て、妖しく笑った。其処にはもう私が知っていた彼は一欠片も見当たらなかった。暫く口内で動かされていた指はどろり、と口から引き抜かれる。透明の私の唾液がべっとりと付いたその指を舐めた彼に目を疑う。
「…っ、やめて!」
「どうしてだい?」
「…どうして、って……」
言葉を失う私に彼は笑う。理由などないのだろう、と。強く引かれる力とぐるりと回転する視界、背はとても冷たかった。
「……な、にを…」
「まずは、君の世界から潰そうか」
私に馬乗りになった彼が小さく呟いた、"まだまだ先は長い"と。
此処から世界が終わる
end (20121112)
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