世界が憎いと





幼い頃から私はずっと、彼に仕えて来たのだ。物心がついた時点で傍には彼がいた、楽しい時も悲しい時も悔しい時も寂しい時もずっと、彼と同じ時を過ごしてきた。それを苦と考えたことは今までなく、私の中ではそれは"当たり前"と化していた。だから、だろうか?私は彼の一番の理解者だと感じていた、ゲーチス様や他よりか長い時を彼と過ごしてきたのだから。彼の全てを分かったようでいたのだ。


「お止め下さい!N様!」

「…煩いっ、僕は…っ!」


"僕は正しい"と叫ばれ手元にあるものから全て壊してゆくN様。そんな彼を見たのは初めてだった。顔色が優れないのは気がついていた、が此処までN様は何かを思い詰めていたのだろうか。暴れるN様を必死に止めようとするものの、虚しくも力は男女の差と言うものだろうか、私では何も出来ない。


ガシャン、!とそれは大きな音が私の耳を掠めた。意識を戻しN様へと目を向ける、目を見開いた。彼の腕から滴る赤い血液は床に海を作っていた。止めなければならないと言うのに、私はその場から動けずにいる。足が震えて、止まらない。今すぐ手を伸ばして"大丈夫だから"と言ってあげなければ。今すぐ彼を落ち着かせて、あげないと


頭では分かっている、分かっているが身体はそれに従おうとはしてくれない。怖い、と言う感情が溢れかえって止まらない。

「…えぬ、さま…」

「……言ったんだ、彼女が」

「……え、」

まるで独り言かのようにN様はぽつりと言った。分からない私はただ、N様を見つめることしか出来ない。すると壁に寄りかかっていたN様は重力に従うかのように、ずるずると座り込み何処か遠くを見るような目を伏せた。N様の言う"彼女"とは一体誰なのだろうか?誰だか知らない私だが、ただその単語を聞いた途端に何故だか心が小さな悲鳴をあげた。やめて、聴かないで、と


「…人とポケモンは共存出来る、そう言ったんだ」

「………」

「…僕は今もポケモンは人から解放されるべきだと思っているさ、だけど」



N様の言う彼女とはきっとこの外の世界の人だろう。外の世界には指で数えるくらいしか出たことがない私には彼女はどのような人なのかと確かめる術もない。だがN様が語る彼女とは、きっと強くて己の意志をはっきりと言い出せる人なのだろう。それがきっと、N様の何かを掴んだのだろう……何十年と共にいた私ではなく。


「…彼女は僕の目を見て、言ったんだ。もしかしたら、」



言葉を紡ぎながら、震えるN様の手を握る。揺れる綺麗な瞳が私を写し出した。





「僕の考えは間違っているのかもしれない」


嗚呼、彼女はずるい。


世界が憎いと心が叫ぶ


end (20121110)




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