愛しかったものはこの手をすり抜けた




大切なもの、あれから今まで何ひとつ見抜けなかった俺は何度も何度も知らぬ内に大切なものを失って、失ってから気がついての繰り返しだらけで。どうしようもなくて、苦しくて悲しくて虚しくて…。

――そして、また俺はひとつ大切なものを今失った。


「………」

ごろん、と転がる愛しい人。その周りには大量の血液。まるで眠っているように横たわるのは俺が愛した名前であって、その大量の血液を出しているのも紛れもない名前であって、

返り血を浴びている俺はゆっくりと横たわる名前を抱き上げた。冷たくて、嗚呼やっぱり生きていないのだと実感するには十分だった。



「……名前」


ぽつり、と呟く。何も返ってはこない、当たり前だと分かってはいてもそれはそれで悲しいものだった。抱き上げた名前を力の限り抱き締める、どうしてこうなった?何が名前をこんな風にしてしまったのか?



答えなんてもう分かっているのに認めたくなかった。自分が名前をこんな風にしてしまっただなんて……認めたくない。


俺は昔から何も変わっちゃいなかった。それは名前も同じで、あの日から何も変わらない名前はこんな俺に付いてきてそして笑って死んでいった。最後の最後まで笑っていて、泣き言も言わなかった。それが本当に幸せなのか、俺に付いて来て後悔はないのか、昔一度だけ聞いたことがあった。



そう聞けば名前は笑顔で幸せだと後悔はないと口にした。最後、笑って死んでいった名前に俺は悲しくてたまらなかった。連れて来るべきじゃなかったとも後悔した。ぽっかりと開いた穴はもう塞がる気もしない、


思い出されるのは名前の声や笑顔でまた悔しくて悲しくて何だか寂しくて、名前を抱き締めて泣いた。


愛しかったものはこの手をすり抜けた

end

(20120203)




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