反抗する飼い犬




吐き出そうとした言葉も今は必死に飲み込んで、激しく襲い掛かってくる痛みにゆっくりと私は瞼を閉じた。どうして、こんな、考えることはそればかりでそれしか今は考えられなかった。

「…っ、ぅ…っげほ、」

何度も繰り返す吐血の所為で既に辺りは血の海に成り代わっていた。全て自分の血液だとしたら、もうそろそろ死んでもいい頃なんじゃないかなんて淡い期待を抱いた。その瞬間のことだ、


声にも為らない程の激痛が背中辺りから全身に掛けて広がる。声に為らないその反面、激しく身体をばたつかせる。だが、其れすらも叶わない訳であって痛みを帯びた背中を脚で強く踏まれ息が止まりそうだった。


「…どうした、終いか?」

くつくつ、と愉しそうに笑う男は私の背中を踏みつけた張本人だ。悪気など一切無く逆に踏みつける力を強められ痛みに顔を歪めながら必然的に上を見上げ男を睨む。

「…良い顔だ、俺が憎いか?」

睨んでいるのにも関わらず男は嬉しそうに問う。可笑しい、人から憎まれてどうしてこの男は嬉しそうなのか?出来るなら今すぐにでも憎いと叫んでこの男の喉元を引き裂いてやりたいくらいなのに奴からは余裕しか伺えない。余程、舐められているんだろうと分かった私は苛立ちを隠せない所為で問われた質問にも口を開かないでいれば突如首もとを掴まれ引き上げられた。

「…がっ、ぅ…ぁ…」

手が首筋に吸い付いているかのように締め付けられて、息をすることも遮断される。宙ぶらりんになった両脚をばたつかせ両手で必死に男の腕を殴るものの片手で私を宙に浮かせた男にかなう筈もなく、次第にばたつかせていた両脚も宙に成すがままになり両手に力が入らなくなる。余りの無力に涙が出た、



もう、駄目だ。そう諦めた瞬間に男は私を手放していた。地面に打ちつける身体からは悲鳴が上がるがそれどころではなく、私は酸素を何度も吸い込み呼吸を一生懸命に繰り返す。どっと噴き出された冷や汗が背筋を流れる。苦しいものなんかじゃなく、もう諦めさえも出ていた。

「…お前は大人しく俺の言うことを聞いていればいい」

がたがた、と震える身体を抱き締めれば頭上から酷く落ち着いた男の声が耳を掠める。恐怖が全身に浸透していくような気がする、このまま奴が言うように大人しく言うことを聞いていればなんて私の脳内を横切った。

「…ふ、ざけるな!」

だが、それも一瞬であり私は腹の底から振り絞った声を張り上げた。暗い洞窟に私の声がただ虚しく響く。

「威勢だけは相変わらずだな」

私のことなどまるで玩具のように扱う奴は愉しそうに俯いている私の顔を覗き込みながらゆっくりと口を開いた。殴ってやろうと右手に力を込めて奴へとその拳を振るうものの赤子の拳を受け止めるかのように私の拳は奴の手の内に収まる。

「…っ、離せ!」

収まった拳を引き抜こうにも力が加えられ引き離せない。だが、諦めることなど出来ず必死に腕を振り回せば途端私の顎を片手でぐっと固定した。必然的に私は奴と目を合わせることになったが次の瞬間、視界が歪んだ。


「…な、っ…に…」

ぐらぐら、と視界が歪み呂律さえも回らなくなる。混乱する頭の片隅でこれが幻術なんだ、と理解したが既に時は遅かった。

「大人しくしておけ、」

倒れゆく私の身体を簡単に受け止め奴はそっと耳元で言葉を呟く。朦朧とする意識の中、反抗すらも出来ずに只奴が口にした言葉が耳を掠めてゆっくりと瞼を落とした。


反抗する飼い犬

end (20120620)




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