蝦夷菊



小さな窓から見えた空は嫌に星や月が瞬いていた。最近続いていた雨は今日になってすっかり止み晴天だったからだろうか、そう目の前に積まれた大量の紙から必然的に目を逸らしたくなって思い耽っておれば、何時の間にか辺りは私しかいなくなっていた。嗚呼、もうみんな帰ってしまったのかと辺りの席をちらりと横目で見る。しん、と静まり返った部屋は慣れているはずなのに今日はとても寂しい気持ちが溢れた。何故、だろうかなんて考えずとも分かりきってはいるのだけれど。


はあ、と吐き出したため息が虚しくもぽつりと部屋に響いた、時だった。


「偉いなァ、一人で残業?」

「……隊、長…」


へらり、と相変わらず読めることのない笑みを浮かべて口を開いたのは市丸隊長だ。まだ、残っていたのかと内心で驚くが表情にはなるべく出さずに小さく深呼吸をしてゆっくり、と私は口を開いた。

「…隊長が御自分の仕事を為さらないからこうやって私が残業をしているんですよ」

「…へえ、三席の名前が?」

「毎回、吉良副隊長が残業為さってますからね。今夜は私が残業を申し出たんです」


顔色が優れませんでしたし。と言葉を付け加えれば何が面白いのか笑みを浮かべて、まるで自分のことではないように軽く返事を返される。今更だが吉良隊長も大変だなと思い知らされた瞬間だった。

市丸隊長はそう、昔から変わらない。他の隊長格のようにきちんと自身の仕事をこなしている訳でもなく、隊士達とも深く関わりを持とうとしない…自由奔放だ。だが、いざという時に頼りになる、逆らうことの出来ない何かを秘めているのだ隊長は。だから、きっと吉良副隊長も他の隊士達も付いて行っているんだ。勿論それは私も同じくだが…例えば、そうもう少し具体的に言うとすれば…


「ちゃうやろ。」

「……え、」

「今日残業した理由はそれだけやちゃうんやろ?」

にやり、と全てを見通したような笑みを浮かべ私の言葉を待つ隊長。それに私は一言さえも発せない状態に陥る。全て分かっている隊長はきっと私から言わそうとしているのだ、…やはり昔から変わらない。









「隊長は、変わりませんね」


やっと口から出た言葉はあまりにも情けない声だった。私は空笑いに近いものを浮かべてゆっくりとだがしかし鮮やかに残る記憶を辿る。変わらないのだ、嫌と言うほど隊長も私も。何処を見ても何も全て、変わらない。

「隊長は……ギンは昔も今も」


何も言ってくれない、掠れた声は果たして彼に届いたのだろうか。分からない溢れ出すものを必死に止めて、唇を噛み締める。何を考えているのか分からないのも例え何があろうも言ってはくれない…

彼の、ギンのやり遂げようとしているのを知っているのはきっとこの世で私だけなのだと。嬉しい反面凄く悲しかった。幼い頃からの仲なのだから少しくらい頼ってくれても良いじゃないと吐き出すがやはり彼は昔も今も只困った笑みを私に向けるだけだ。

「名前も変わらへんね、」

ふっと添えられた手は酷く暖かい。その酷く泣きそうな顔、と後から口にするギンの言葉は聞き飽きたのだ。



「…折角の日やのに、笑ってや。」

笑う、なんて凄く今の自分には難しい。自然と笑みを浮かべていたはずなのにまるで綺麗さっぱりと忘れてしまったかのように笑う表情は作れない。逆に凄く泣きたくなる。

「ごめんね、ギン…」


誕生日おめでとう、何度目か分からない言葉を涙に乗せるようにして口にする。情けない、昔から何も分からない…一体何時になればギンが言うように笑みを浮かべて言ってあげられるのか…今の私にはとても分からなかった。

…彼が言ったように私がこうして残業をしたのも全てこの彼のため。今回こそはと密かに決意した思いもそれはあっさりと崩れ落ちた。


蝦夷菊

end (20120910)


* * * *

改めて市丸さん誕生日おめでとうございます!誕生日だと言うのに安定の暗さ抜群話に加え意味の分からないことになって本当に悔しいです。ですが、溢れ出す愛は変わり御座いません。いつ見てもやはり彼は私の中で一番ですね、生き様も人柄も。全てが好きです。冷める気などさらさら無いですね…これから先原作で少しでも昔話でも良いので登場頂きたいのが本音なのですがね。そして今回お題に使わせて頂いた蝦夷菊は市丸さんの誕生花です。(私個人が調べましたので確かなのかは分かりません)花言葉は"追憶"、花言葉に沿って書こうと奮闘したのにも関わらず意味の分からない話になっちゃいましたからね、残念です。ではでは、長々と話しましたが市丸さん本当に誕生日おめでとうございます!これからもずっと先大好きです!




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