"もう、勝手にしろ…"

そう言わせたのは紛れもなく自分であって、…自分も自分で放っておいて欲しかった。だけど、無駄に突き刺さった言葉は何時まで経っても抜けないまま。なんて、自分勝手なんだろうかと己を嘲笑う。


追い掛けた




ぐったりと具合が悪い訳でもないと言うのに俺はベッドの上に横たわっていた。まるで抜け殻のように――

6月17日一護達は母親の墓参りに出掛けた。勿論、遊子や夏梨に行こうと誘われはしたが断った、俺が此処に来てから一度行ったきりで行ってはいないのだ。


「……悠輝、」

「…ル、キア…?」

コンコン、とリズム良くノックされがちゃりとゆっくり扉が開く。そこには何やら何処か出掛ける身なりをしたルキアが立っていた。

「…大丈夫なのか?」

シンっと静まり返った部屋にぽつり、とルキアの声が響いた。心配そうに顔を歪めたルキアに胸が痛くなるのを感じながら、なるべくバレぬようにと笑って大丈夫だと伝える。

「…ルキアは、行くのか?」

「ああ、虚が何時出るかもしれないからな」

「…そう、か」

暫くルキアと自分の間に沈黙が続く。だが、それを破ったのはやはりルキアで

「…悠輝、」


ぽつり、と呟かれた言葉に返事すら返せない自分はただその言葉の続きを待つ。


「……無理をするな」

「…そ、んな俺は」

"無理なんてしていない"そう口にしたかった筈の言葉は何故か出て来なかった。言葉に詰まる俺はゆっくりと俯く、嗚呼…こんなはずじゃなかったのに。


「…泣けばいいのだ、」

「……っ、!」

まるで独り言のようにルキアは言った。泣けばいい、とただ一言を口にしたルキアに俯いていた顔を上げればルキアは窓から空を見上げている。それはとても遠い目で空を見上げていた


「では、私は行ってくるぞ」

「……」

ガチャリ、とドアを開けてルキアは俺に薄ら笑いを浮かべ言葉を口にした。それでもやっぱり言葉は出なくてただ出掛けて行くルキアを見送ることしか出来なかった。


―――――行きたくない。
自分の中で気持ちが渦巻いて吐き気すらした。だが、途端に一護のあの表情が脳裏に浮かび何とも言えない気持ちがまた渦巻く。


「……っ、は」

気持ち悪さと吐き気が俺を襲う。苦しい、悲しい、寂しい、分からないこの感覚は酷く懐かしくて。何かに縋るかのように這い蹲りながら手を窓に伸ばす。だが、その途端ベッドから転げ落ちて身体が床に叩き付けられた。


「……っ、」

立ち上がりたいはずなのに、まるで背に錘を乗せられているかのように身体は言うことを聞かない、身体が床に貼り付いたような感覚に陥る。


何度立ち上がろうにも立ち上がれない。何度試しても答えは一つでしかなく、仕舞いには腕すらも上げられなくなる。それに何時しか立ち上がる気力すらも薄れ消えてゆき、瞼が重くなってそれに素直にも従い俺はゆっくりと瞼を閉じ意識を手放した。

















* * * *



《……お前は、》

――綺麗な声が聴こえた。
小さくて消えてしまいそうな声なのに何故かはっきりと自分には聴こえて、その重い瞼をうっすらと開く。


《…お前は、それで――》

開いた視界に広がったのは青い水の中だった。身動きがうまく出来ない中、辺りに目をやれば大量の泡が上から下に向かって降り注ぐように落ちていっている。

水の中だと言うのにとても可笑しな現象で、息も出来る。だが、あの声の主は見当たらなかった。


「……お前は、誰なんだ」

発した声は自分にも聞こえるように響いた。分からない、だけどこの場所は懐かしかった。それに加え何故か悲しさが込み上げる。


《――俺、は………》

「……っ、」

先ほどまで聴こえていたはずなのに、今になって聴こえずらくなってしまう。大切な何かなはずなのに、聴かなきゃならないものなのに聴こえない。


「…お願い、だっ…!」

もう一度だけ。もう一度だけ言ってくれ、聴こえそうで聴こえないこのもどかしさに苛立ちと焦りが溢れ出してくる。

何か、大切なものを俺は忘れてしまっている。そんな気がした、思い出さなくてはならないはずなのに身体の何処かでそれを拒絶する自分がいた。


思い出してはならない、と。思い出しては後悔すると自身の何処かで警報は鳴り響く

「……ど、し…て」



こんなにも悲しいんだろう。どうして、こんなにも酷く懐かしいと感じるんだろう。自分が知らない何かを何故他人が知っているんだろう。
――――俺は一体何なんだ


薄れゆく意識の中で誰かが笑ったような気がした。

end

(20120415)