「……あれ、は…」
苦しいのか、あの井上さんのお兄さんの顔をした虚はもがき姿を消す。頭に井上さんの笑みが浮かび上がり何ともない絶望感が与えられた。
すれ違いと真実
「…逃がしたか、追うぞ」
「………ルキア、」
逃がしたあの虚を追う為に足を進めようとしたルキアに声を掛ける。一護は思い切ったように顔を顔を上げ口を開く。
「……今のあいつの顔、井上の兄貴だった」
余り詳しくは覚えていなかったが確かにあの顔は井上さんの亡きお兄さんの顔だった。
足が進まず息が苦しかった。沈黙の中井上さんの顔ばかりが頭の中を回り先程の出来事が頭を過ぎる。……虚とは死んだ人間なのか?
「……一言、言っておく。背後からの一撃で頭を割る、それが虚退治のセオリーだ。忘れるでないぞ」
「…どういう事だ、」
「戦いのダメージを減らす為、そして…虚の正体を決して見ぬようにするためだ」
「……虚の、正体…」
ルキアの言葉で考えたくもない考えが浮かび上がり確信へと変わる。
「…虚とは全て元は普通の人間の魂だったものだ」
「そんな事聞いてないぞ…!」
ルキアの言葉に一護は動揺を隠せない。それは俺も同じ事で、ぐっと小さく拳を握り締める。
虚は恨みや悲しみ此処に思いを残した者が死神達に見つからず放置され自ら虚となったり先んじて虚となっていたものに飲み込まれ虚となる。
今は人では無く無差別に人を襲う化け物と化している。斬る以外方法はないらしい。
「…でも、何故井上の兄貴が俺と悠輝を…」
「……分からぬ。だが、この間貴様等を襲った虚からして…どうやら姿を見せない強力な虚が貴様等の霊力を喰いたがっているようだ」
「……俺もなのか?」
「…ああ、」
「………っ」
拳を握り締める。一護ならまだ納得行くが何故俺まで狙われなければならないんだ?確かに一護と同じように霊を視る事も話す事も触れる事すらも出来るが戦う力さえない俺はどうみても一護の錘にしかならなかった。
あの時、一護が死神になった日もしかして俺が死神になっていたらこうやって一護の錘になる事も一護を苦しめる事もなかったと言うのに。
結局、そう結局は一護に守られるしか術はない。
「必ずまた貴様等を襲いに…」
ふとルキアの言葉が止まり最悪な言葉を口にする。虚の次の目標は一護や俺でも無く最愛の妹だった。
* * * *
「…はあ、はあっ」
暗闇の中必死に足を進める。あの後以上に脚力などが強化した一護にルキアを乗せて先に向かってもらった。
一護が俺の速さに合わせてちゃ井上さんも救えない挙げ句あの井上さんのお兄さんを止める事も出来ない。
足手纏いにしかならない事くらい分かっていたが井上さんをこんな力もないちっぽけな自分が救える筈もないがどうしても行きたかった。足が止まらない、俺の本能が足を勝手に進めるが行ってはならないと心が叫ぶ。
「…なんだ、この感じ」
あのルキアと虚が現れた時から俺の何かが変わった。あの胸を貫くような痛みと頭が割れそうな頭痛、それと現在も感じる胸のモヤモヤ。
ぐっ、と胸辺りを掴み取りまるでモヤモヤを抑えるかのように立ち止まる。収まれ、収まれ…と。
「…井上さんが危ないん、だ」
だから、収まってくれと願うかのように塞ぎ込む。周りは静けさが増した闇しかない。
「…お願い、だっ」
くっ、と拳に力を入れる。だが次の瞬間耳元で声が聞こえた。
《…良い…のか…?》
「………誰、だ?」
透き通った声に辺りを見渡すが人はおろか動物も居ないが確かに聞こえたその声は酷く懐かしかった。
《……少し、解放……》
「………え、」
《……し、てやる……よ》
その声はまるで頭に響くかのようだった。何かを少し解放してやると言ったその声は先ほどの言葉を残しそれっきり聞こえなくなった。
たが、先ほどまであった胸のモヤモヤは全くと言って良いほど無くなり身体も楽になっている。
「……急がないと」
さっきの声の正体はわからないが身体が楽になったのだから急がなければならない。俺は井上さんの家へ足を進めた。
end