「…ね、キア」

ぽつり、と静まり返った洞窟内にレッドさんが俺を呼ぶ声が響いた。洞窟から見えた外はかなり吹雪いており、帰ることが出来ない俺はボールから出している檸檬を抱き寄せレッドさんに先ほど渡された毛布にくるまり、返事を返した。


「なんですか?」

返した返事は確かに聴こえていたはずだ。なのに、レッドさんは口を開くことなくただ俺に薄ら笑いを浮かべた。当然、訳が分からない俺の頭上にはハテナマークが浮き上がる。


「…どうかしたんですか?」

何も言わないレッドさんに痺れを切らして、聞いてみるがやはりレッドさんは何も口にしなかった。益々意味が分からなくて考えてみるもののやはり分からないことは分からなくて、頭が痛い。問いただしてみるのも良いが、きっとレッドさんのことだから何も言ってはくれないだろう。仕方なく考えるのを止めて、気分転換にと手元にあったピカチュウ柄のカップを手に取り、口を付ける。因みにカップは勿論のことレッドさんのものだ、きっとグリーンが買ってきたんだろう。ふんわりと舌から伝うコーヒーのほろ苦さと暖かさに何故だか心までも暖かくなったような気がした。


「…百面相、」

「え?」

「…難しそうな顔してたと思ったら、笑ったり、」

キアは忙しいね、とレッドさんはくすりと小さく笑う。弁解しようにもしきれず、只々顔を赤くすることしか出来ずに終わってしまう。嗚呼、何だかレッドさんに凄く踊らされている気がする、なんて思っていた時だった。


よお!とそれは陽気に俺とレッドさんに掛けられた。何とも聞き覚えのある声に振り返ることもせず、ため息を吐き出せば聞こえたらしい、その声は張り上げられた。


「何だよ、逢ってすぐため息って酷くねーか?」

「酷くないな、グリーンにはこのくらいが良いんだよ」

「はあ?…ったく減らず口は相変わらずだな、キア」

出逢ってすぐにこの様な言い合いから始まる俺とグリーン。聞き飽きているのかレッドさんは差ほど気にしていない様子だけども結構相変わらずな俺様グリーンとの言い合いは疲れる。まあ、昔よりかは遥かにましになったが。

「…それより、こんな所までどうしたんだよ?」

「俺はレッドに頼まれたもん持って来ただけだ、お前は?」

「………」

「……キアはバトルやりに来た」

「ああああレッドさん…!」

「?」

焦る俺に意味が分からないと言うように首を傾げるレッドさん。確かにバトルをやりに来たんだがグリーンにはどうしても言いたくないのだ、だが時既に遅しと言うべきか。グリーンは憎たらしいくらいに笑みを浮かべ"へえ…"と口を開いた。嗚呼、だから面倒なんだってば。

「…で、負けたんだな」

「……」

「キア、これで何度目?」

「……」

「…九回目、」

「レレレッドさん…!!」

俺の代わりにレッドさんは親切に受け答えしてくれているのはそれはとても嬉しい。嬉しいのだが、今は言わないで欲しいと言うのが本音と言うべきか。だが、グリーンには当たり前に聞こえており何か言いたげに笑みを浮かべ俺を見るのだ。

「…なんだよ、」

「いーや?お前も頑張ってんだなって思ってさ」

「へえ、ならその笑い止めて貰おうか」

ケラケラと笑いながら口にするグリーンを殴りたい衝動に駆られながら、目の前にいるレッドさんのため必死で抑えて口を開く。きっと今の自分は笑えていないと自信満々にして言える。だが、そんな俺の努力も虚しくグリーンは笑うことを止めるどころか笑いは増すばかり。これは止める気がないと分かりため息を零せば、ぱちっと額に衝撃が走った。

「…いっ、!」

「修行すんなら、ジムに来いよな」

荒っぽくデコピンをされ、慌てて額を抑える。そんな俺をまた笑い"俺が相手してやる"と自信気に口にした。相手してやるとか言いながらグリーンは一度俺に負けバッチも貰っている。呆れた顔をすれば俺の内心を読んだように言葉を発したのだ。それはとても自信気にまるで、挑戦状を叩き付けるかのように。


「前までの俺だとは思うなよ」


勝者に与えられたもの (20121108)