――血の臭いが鼻を掠めた。

その血の臭いの原因は私の周りにある原型を留めてはいない肉の破片からだ。四方八方に飛び散った其れからは耐え難い悪臭を放っているが今の私には何の妨げにもならなかった。


殺ったのは正真正銘、この私だ。きっとこの者達には罪も恨みもないだろう、彼等は雇われたのだ。下らない金で里に雇われた――嘗ての同じ里の仲間の成れの果て。




「……はぁっ…はぁ」




――――息が荒い。身体には知らず知らずの内に付けた痛々しい傷だらけ。ポタポタ、とそこまで量は多くはないが止め処なく流れるこの赤い液体は私の足元に水溜まりを作り出している。


私は簡単に言えば抜け忍、里を抜け出した犯罪者。だからこうして追い忍も来るが殺しを繰り返せばこうして名の売れた忍も追ってくる。





………里を抜け出した理由、そんなものは遠の昔に忘れてしまった。きっと下らない理由だろう…





「…………、っ…?」

そっと足を進めようした瞬間、身体の中から何かが湧き上がってくる感覚が私を襲い出しそして―――――











「………っ、!!がはっ…」


急に吐き出された其れは私の手を伝い地面へと落ちた。私の手は既に真っ赤で本来の色が分からないくらい、真っ赤で――――


「………!?」

不安が隠せないでいれば突如くらり、と身体が傾く。何故か身体に力が入らなくなり必然的に身体が地へと倒れる。倒れた身体は何とも情けなく動いてはくれなかった、


「………………はは、は…」


自然と笑みが私を襲う、可笑しくはないがやっと私は死ねるのかもしれない。罪が私を殺してくれるかもしれない。それが分かれば笑わずには居られなかった。





――――――やっと、やっとやっとやっとやっとやっとやっとやっと……!!!―――私は、私はこの汚い世界から離脱出来る。私は死ねるのか。


「……ははっ、ははははは!!」


声を上げて笑う、嬉しくて嬉しくて仕方なくて堪らない。やっと死ねる、やっとこの世界から目を逸らせる。私が殺した沢山の人の罪を背負ってやっと、やっと……死ねるのだ。




「……やっと、死ね…る…」

上げていた声は何時しか上手く出ないでいた。身体は麻痺し痛みも無かった。だらしなく横向き倒れた身体、今にも閉じてしまいそうな目をうっすらと開く。




この世界からはもう私は消えてしまうのか、そのついでに私が生きていたことを証明する記憶も物も消し去ってはくれないかな。


最初から"月光朧"と言う人間は居なかった、と。存在などしていなかったように、消し去ってもらえたなら、どんなに嬉しいことか……




ぼーっとし出した意識の中ふ、と昔を思い出す。確か、昔の私はこんなこと望んではいなかった、まず里を抜けるだなんて有り得ない考えだったのだ。



父と母、人並みの幸せな家庭の中に私は生まれ父と母が忍だったためか忍の学校へ通っていた。飛び抜けた才能なんて無い、人並みの頭で人並みの体力で人並みに友達も居て、


私も人並みの恋をして誰か1人を愛して愛され結婚し母や父に親孝行しながらその愛した人と人並みの幸せな家庭を築くと思っていた。


目立つことなんて何一つ望んではいなかった。飛び抜けた才能が欲しいとか沢山の人から愛されたいだとか、そんな望みは最初からなかった。―――ただただ人並みの幸せを望んで、いた。



「………」

なのに、何故私はこんな場所に血を流し倒れている?人並みの幸せは?何一つ手に入らない人生だった、


ふ、と笑みを浮かべる、もう目は閉じかけていた私は思った。


人生とは、そう簡単に進まないものだと。たった一つのちっぽけな願いさえ叶わないそんな人生だった、


ゆっくり、ゆっくりと私は閉じかけていた目を閉じた。人生に幕を下ろすように、ゆっくりゆっくりと。


そして、私の意識はゆっくりと途絶えた。































「………」

最後に聞こえたのは何かが草を踏む音だった。

end