月に住む人 1

 草が伸び放題の晴明の庭において、巨躯を横たえ敷地を占拠する黒耀は、純白のたてがみをなびかせながら、金色の瞳を閉じ微睡んでいる。一方、泡沫は、イモリの姿で黒耀の巨躯を日陰に、こちらも微睡んでいた。すーっと長く息を吐き出し、黒耀は、ささやくように泡沫に話しかけた。
「…今思えば、晴明に一杯食わされたんじゃないか?確かに睡蓮を今まで以上に身近に感じるが…黒龍である俺の力が、今は半分も発揮できん。」
「…式になった時点で、行使できる力に制限が加わったからな。これからの睡蓮次第だ…気長に待つしかないだろう…。」
「…人でも喰っていたほうが、手っ取り早く力を得られるな。」
「…同感だ…。」
「悲鳴と血肉か…。」
「おい、涎を垂らすな、黒耀…!」
「あ?お前は湿ってたほうが快適なんだろうが、人を日除けに使ってるくせに、文句を言うな。いっそ、舐めまわしてやろうか?」
「貴様の涎臭くなるなど、ゴメンだ!…フン。」
「つまらんな…絶望と苦痛に狂った顔が、見たいなぁ…。なぁ?」
「…失望と恐怖に染まった悲鳴も、な…。」
あっふとあくびをする二人。京の外れで人を喰い、弱い者なら妖かしですら糧にして生活していた彼らの根底は、闇に属する者の中にあっても、凶悪な部類に属していた。そして、睡蓮の事となると言い争いが耐えない二人だが、元々行動を共にする悪友同士、妖かしとしては珍しく、種族を超えて仲が良かった。絶大な攻撃力を誇る黒龍の『黒耀』の力を更に引き出し守備を固めるのが宮守『泡沫』の役割だ。古びた壊れかけの館には、悪い噂を聞きつけた陰陽師が彼らを調伏しにやってきたりもしたが、彼らは平伏すること無く、刃向かうものを喰い力を増していった。そして、人を不幸にするのが本分の黒耀は、その背に泡沫を乗せ、戯れに近くの村に繰り出しては悪意を振りまいていたのだ。

『なんやデカいのが居るんやな。』
「…なんだ、客か?晴明ならいないぞ?」
「…普通の人間は、俺達が見えない。弟子か何かか?」
二人の視線の先に、妙な風体の男が立っている。変な服を着こみ、なにより珍しい髪色をした男、睡蓮と同じ山吹色の髪を持つ男だ。その肩には、彼らと同じ式神であろうカマイタチが巻き付いている。
「ん〜、晴明に会いに来たんやない、え〜っと…あれ?アッキーに名前聞いて来よったんやけど…なんやったか?那由他からも聞いとったんやが…??」
首をひねる男。ポンと手を打ち男が読んだ名前は、まぁ誰のことか想像はつく名前だったのだが…。
「白蓮ちゃん…!…居る?」
「……。」
「……。」
「なんやの?ひょっとして、名前まちごうてる??」
「…留守だ。金の箱を届けるとか言って、貴族の家に向かった。楠木家、とか言っていた。」
答えたのは、泡沫だ。
「なんや、俺の家か?…さんきゅ〜な、戻ってみるわ。」
イヒヒと貴族らしくない笑い声を残し、男は立ち去った。
「…名前、間違ってたが、指摘しなかったのは何故だ?」
「フン、盛大に名前を間違えて、睡蓮に嫌われればいいさ。」
「ああ、それはいい案だ。…さて、夜までもうひと眠りするか。」



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