追憶の情景 1

「ここは、わらわの住処ぞ!荒らすこと、まかりならん。出てお逝きなさい!」
「やはり鬼が住んでいたか。祈祷を!誰ぞ僧を呼ぶのじゃ!!」
 誰に迷惑をかけるでもなく、ひっそりと破れ寺を住まいにしていたが……従者が何か目立つようなヘマをしたらしく、白娘子・白菊姫は、幾人もの僧に追い立てられ、逃げるようにその場を去った。辛うじて命は取り留めたが、多勢に無勢、しかも従者をかばい彼らを逃がそうとした彼女は、人化の術もままならず、三条無差小路あたりをズルズルと這っていた。
「口惜しや、糞坊主どもめ。わらわの寝所を奪うなど、絶対に許すまじ!」
地面を這うなど、何年ぶりだろう?この恥辱、必ずはらしてやる。そう心でとなえながら、憎しみを糧に力を振り絞るも……池近くの草地で、とうとう力が尽きた。
『わらわも、ここまでか……。』
妖になるため、力を蓄え修行した日々、妖としての力を得、さらに強くなるため修行した日々……ふと、数十年前、姫と呼ばれる前の儚くも穏やかだった生活を思い出す。


「あら、名無しさん。もう具合はよろしいの?」
「白菊、名無しじゃなくて、鴫よ。」
「そうだったわねぇ、名前が出来て、良かったわね名無しさん。」
 白炎漢の男は、文句を言うでもなく、こちらを見るでもなく……面白くもない生気の無い表情(カオ)をしているものだから、雹が咎めるのも聞かず、私はちょっかいを出していた。
どうゆう事情か知らないが、山で行き倒れていた彼を雹が拾ってここに連れてきたのだ。傷も癒え、体調は元に戻っているはずなのに、どうにも晴れない暗い表情……笑えば、良い男だろうに。
 大好きな雹が、最近この男のことをいたく気にして落ち着かないのだ。雹は、白髪に紅い眼をした美しい女性で、人の暮らしというものが知りたくて、度々家を覗いていたら、笑顔で快く私を迎えてくれたのだ。
山の麓の野蛮な人間どもを目にしていた私は、最初こそ驚いた。私は白い大蛇。術に不慣れなため、人化出来るのは上半身だけで、着物の裾から覗くのは、足ではなく蛇の長い体だったのだから、村人がそうするように、てっきり追われて忌み嫌われるものだと思っていたからだ。しかし、人を知ると共に、彼女の境遇も理解した私は、彼女の友になろう、そう心から思ったのだ。
だから、なんとかこの名無しさん……鴫の、辛気臭い顔を止めさせたいのだが……。

「どくだみが切れてきたわね。」
「ああ、ケガの治療に使ったからね。雹、私が取ってくるわ。だって、食後のお茶に飲みたいんだもの。」
家の傍にあるものは、既に茶にしたり怪我に使ったりして、きれいな葉が残っていなかったので、少し離れた場所へと取りに出かけた。
「そういえば、木苺が実を付けていたわね…あの男に、持って帰ってやろうかしら。」
甘いものでも食べれば、笑顔が出るんじゃないか?安っぽい考えだったが、何もしないよりはマシだろうと、私は木苺のなる木へと向かった。
 籠にどくだみの葉と木苺を詰め込んで……少し臭いのが難点だが、私は家路を急いでいた。元が蛇だけに、食事はたまに食べる程度で満足なのだが、人の生活を知る中で覚えたお茶、というものが大のお気に入りだったからだ。
柿の葉だったりシソだったり、アマチャヅルやこのどくだみや、けっこう色々なものがお茶になるのだから、人間の知恵というのもなかなかだ。
「人間自体はあんまりいけ好かないけど、お茶はいいわよねぇ。」
そんな時だ。ガサガサと木々が揺れ、大きな影が飛び出した。
「よう、蛇女。」
「…蜘蛛男がなんの用だい?」
あぁ、こんな時に嫌な顔にでくわした。白煙土蜘蛛の嫌な男だ。何かあると言い寄ってくるこの男が、私は気に入らなかった。恨みがましい暑苦しい顔も最悪だ。
「まだ嫌われ者の人間と一緒に住んでるのか?」
「余計なお世話よ。私が誰と一緒でも構わないでしょうよ。」
「そうもいかねえよ。今日は力づくでもコッチに来てもらおうと思ってな。」
「フン、この前負けたくせに、まだ言ってるのかい?」
この男の実力は、見てくれこそ無骨で強そうだが、妖としての力はたいしたことがない。
「今日は、助っ人がいるんだよ。」
「?!」
筋骨隆々とした大男…しかし、すぐに白煙土蜘蛛に変化する。ああ、ヒシヒシと伝わる。
『コイツはヤバい。』
無双種だ。本来、幻属性の私は、奴ら光属性の妖は苦手だった。構えるも、次の一撃で、たやすく弾き飛ばされた。


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