舞うは八重山吹 在りし日の情景 2

「……っ!」
普段、目覚ましが鳴ってもなかなか目覚めない『リュウ』が、飛び起きた。隣で眠っていた『レイ』が、だるそうに目を開ける。
「…まだ昼だろ、『黒耀』。」
「…『泡沫(キサマ)』などと寝るから寝覚めが悪いんだ、クソ。」
ベッドサイドに落ちていたシャツを拾い、袖を通す。また、昔のように一緒に住むと言い出したのは黒耀自身だったくせに、不都合があると相方のせいにするその性格は、今も変わらず健在だ。
まだ、人としての生を終えたばかりで、妖かしとして生まれたばかりだった泡沫を、この男は高慢に見下し、しかし極上の笑顔で手招いたのだった…――。

『なんだ、成り上がりの妖かしか。』
雨に濡れる草原に立ち尽くした魂だけの存在に、雷鳴と共に姿を表した黒龍が、声をかけた。フッと、その高慢な龍を見上げ睨むと、泡沫は元のイモリに戻り、岩陰に帰ろうと身を翻した。
『まぁ、待てよ。』
黒龍は、人の姿に変容すると、泡沫をつまみ上げ意地悪く微笑んだ。
『?!キサマ、離せっ!!』
『なんだ、元は人のくせに、まだ人化出来んのか?…貴様、美味そうだなぁ。喰うてしまおうか?クックック。』
『……。』
不愉快そうに睨みつける宮守の赤い瞳を、嬉々として覗き込み、黒龍はポイっと空に彼をほうり投げ、再び龍の姿に戻り雷雲の中へと駆け上る。イモリとしては身体の大きい彼だが、龍に比べると矮小なる存在を白くなびくたてがみの中に受け止め、意気揚々と暗雲の中を泳いでいく。
『こんな日は、気分がイイ。付き合え。』
黒龍が移動をやめたので、たてがみから顔を出した宮守は、眼下に懐かしい館を見た。
『ここは…貴様、人の心まで読んだのか?』
『恨み、悲哀、悔恨、怒り…暗い感情は、俺には手に取るように分かるのだ。闇が俺の住まう場所…お前だって、そうなるさ。同じ臭がするからなぁ。さて、ひと暴れしてくるか。』
咆哮と共に、屋敷に降り立つ黒龍。妖かしを恐れた者が弓を鳴らすが、そんなモノで怯む相手ではなかった。
『この俺様と小物をいっしょにするのか?バカ共が。』
その尻尾で弓持つものを薙ぎ払い、黒龍は楽しそうに哂った。それから姿を人に変え、屋敷の中に踏み入ると、次々とその妖力で逃げ惑う人を蹂躙していった。
『クックック、ああ、気分がイイなぁ。恐怖・苦しみ・痛み…人は脆い。儚く弱い。』
最奥の部屋、御簾の向こうに…姫が座っていた。かつて宮守が守っていた者。無実の罪を着せられ、敵のもとへ単身乗り込まねばならなくなった原因…――。
『美しい姫だ…その目も良い。』
黒龍は、甘く穏やかな声音で語りかける。怯えて震える姫の顔に触れ、その唇に触れ、ニッと笑みを浮かべる。
『さぁ、もっと絶望しろ。とって喰うには最高だ。』
それまで黒龍の肩にいた宮守は、ぺたりと下に降りると、かつての姿を表した。
『あぁ、そなたはっ!』
姫の顔に、若干の朱が戻る。しかし、これは、かつての彼…魂だけの存在となった彼の左目に、縦に一筋刀傷が浮かび上がり、姫へと伸ばした両手は、血に染まり紅い雫が零れ落ちる。口端から流れる紅い滴りと共に、身体も紅く・紅く染められた。そう、これが最期の姿だった。人であった宮守の、最期の姿…。宮守は、姫の魂を身体から引きずり出すと、貪るように喰べた。

『…フフフ、堕ちれば心はこれほどまでに、軽い、か。』
宮守がつぶやいた。隣で、黒龍が極上の笑みで手を差し出す。
『さぁ、俺と甘美な宴を愉しもう。闇に住まう者どうし、明けぬ深淵の闇を生きようじゃないか?俺は、黒耀だ。貴様の名は?』
『…忘れたな。…フフ、そうだな、泡沫だ。』

…――人であったことなど、泡沫の夢だったのだ。

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