舞うは八重山吹 在りし日の追憶 1

『ねぇ、黒耀、泡沫。私は2人が大好きよ。私が先に逝ってしまったら…魂も身体もあげるからね。』

急に彼女がそんなことを言い出した。足近くまで伸びた長い髪、物静かで穏やかな水面を思わせる淡く青い瞳が、じっと2人を見つめた。
初めて彼女に出会った頃、まだ幼い女の子に過ぎなかった睡蓮は、帝に声がかかるほどの白拍子となり、美しい女性へと成長していた。幽玄な舞を踊り終え、意味深な言葉を発した彼女に、黒耀と泡沫の2人は眉を顰める。
『急に、どうした?』
『睡蓮、心配事か?』
『心配なんてしてないわ。私は、幸せだもの…フフ、黒耀と泡沫がいてくれて良かった。貴方達が傍にいてくれたから、私には気心のしれた友人も出来たし憂世の夢から抜け出せたもの。感謝してるのよ…ちょっと悪い人だけど、ウフフ。』
『チョット、か。黒龍の俺が、見くびられたもんだな?』
『お前の望みだからな、大人しくしているさ。』
『私は、大好きな人が悪く言われるのは嫌いだもの。私は、人を愉しませるのが仕事だし、ね。』


『否。私はただの人です。鬼などではありませぬ。』
『かような姿の、どこが人だというのか?最近は、帝に取り入り、何をたくらんでいるかわからぬ。それに、先日の大雨もそうじゃ。そなたが帝に近づいてから、禍が続いているではないか。私の知る陰陽師が、そなたの式が、かつて京にて人を喰い暴れていた妖かしに違いないとも言っている。』
『異な事を。私の使役する式は、断じてそのような行いはいたしておりません。』
『ほう?白拍子のそなたが、なぜ陰陽道に通じているのか?総ての陰陽師は陰陽寮に所属する者のみ。法に反して、誰かが手引きをしているのか?言うてみよ。』
『私は、神に捧げる舞を舞うもの、幼少より、学ばずとも陰陽師の真似事が出来るのです。』
『ただの遊女が神などとだいそれたことを…それならば、尚の事。誰かが手引きし陰陽道を教えたならともかく、生まれつき自在に妖かしを操る者が人であろうはずがない。』
『人です。』
『誓って真か?』
『勿論です。私は、人であり、それ以上でもそれ以下でもございませぬ。』
『ならば、証明してみせよ。妖かしは、鐘の音が鳴り、次の鐘がなるまで平気で水に潜むと聞いた。そなたを水に沈めれば、人であるか妖かしであるか、はっきり分かるというものだ。』
それは彼女を妬む者が張り巡らせた、用意周到な策謀だった。
妖かしなどより、げに恐ろしきは人の心……。
『……分かりました。それで全てが分かるというのなら…お好きに試されるがよろしいでしょう。』
『そうだ、そなたが人であると証明する者が居るなら、その様な事を試す必要などないが、誰か人をたてるかな?そなたと親しい者なら、そなたのために一肌脱ごうという者もいるのではないか?』
『そのような必要はありません。私自ら、証明すればすむ話です。……浮世になんの未練がありましょう。』
『…この白拍子を御椋池へ連れていけ!』

金色の髪が風になびき、最期の舞を舞う。即興で謳った今様に、思わず本音がこぼれた。

八重山吹に
ならぬ実を
待ちたる者の
愚かさか
されど浮世に
花の香が
残れば想う
幸あれと


吐き出した息は泡となり、身体を縛り食い込む紐の感触も苦しみも、空気の代わりに吸い込んだ水のブンだけ軽くなる。
『黒龍、泡沫……少しでいい、覚えていてね。私と過ごした、穏やかな日を……ありがとう、だい……――。』

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