「ありがとう」を君に 1

その日、リューガ邸は慌ただしく、いつもはゆったりとケテルを迎えるセバスチャンですら「おかえりなさいませ、ケテル様。」と、挨拶を交わすのみだった。みれば、屋敷には次々と荷物が届いていた。メイドたちは、その対応に追われ、時折厳しいセバスチャンの声が聞こえる。
「なんだろう?」
私室があるのとは反対の棟、来客を招くホールや客室のある方に人の出入りが激しい。また、何かパーティでも開くのだろうか…。

「ケテル、帰ってきたのか。」

呼びかけられ、そちらを向くと、そこには“兄”の姿があった。いつもの装いではない、ボディーアーマーを着けず、新しく仕立てたのであろう貴族らしいスーツに身を包んでいた。
「レムオン、ただいま。今日、何かあるの?」
「俺の誕生パーティだ。6月20日は、俺の誕生日だ、言ってなかったな。」
「タンジョウビ?」
左右、色の違う瞳をパチパチとまばたきさせ、ケテルは小首を傾げた。
「生まれた日の事だ、そんなことも忘れていたのか?祝って欲しいとは思わんが、俺の妹なのだから日にちくらいは覚えておけ。とはいっても、ケテル、お前にはまだ貴族の振る舞いを教えていない。ボロを出されては困る。今日は、下心見え見えの馬鹿どもが、こぞって嘘くさい祝いの言葉と賄賂ともいう贈答品を持ってやってくる。見つからぬよう、大人しくしていろ。」
「問題ない、書庫で本読んでるから。」
もともと、本を読みふけるのが目的だった。ケテルはそう言って、スタスタ書庫へと歩いていく。

魔道書や、レムオンから覚えろと言われているロストールの法律“竜網”を記した法律書に目を通していたケテル。どれくらいの時間が経ったのか、かすかに楽団の奏でるワルツが漏れ聞こえてきた。スラリとした細い手足を伸ばし、背伸びする。
「ん…、休憩しよっと。」
書庫を出たケテルは、いつもの居室へ向かった。しかし、今日は人の気配がしない。皆、パーティで忙しいのだろう。誰もいないのだから帰ってもいいのだが、どこに人目があるか分からない。しょうがなく、ケテルは再び書庫へと向かった。
漏れ聞こえるワルツ…そういえば、レムオンは、自分の誕生日など祝ってほしくない、そう言った。
何冊か簡単な本を手に取り”誕生日“について知る事はできた。だが、その本のどれもが、誕生日は皆からお祝いを言われ、楽しく過ごすもののように書かれていた。それなのに、レムオンは「祝ってほしいとは思わない。」そう言った。
「嬉しくないのかな?」
物憂げに天井を見上げながら、聞こえるワルツに耳を傾ける。心地いいリズム、今頃、レムオンは曲に合わせて優雅なダンスを踊っているだろうか。先程の姿を思えば、さぞ絵になる事だろう。目を閉じれば、あの洗練された美しい姿が思い起こされる。旅先で綺麗だと思える人に出逢う事も多いけれど、やっぱり一番好きなのはレムオンの姿。金糸のような輝く長い髪も、ぬけるほど白い肌も、黒い瞳も、どれをとっても素敵だと思う。


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