君なしの日々は、

寂しくないといえば嘘になる。

母は亡くなってしまったけれど、優しい父がいて、マグルだけれど友達がいて、私の周りにはいつも人がいた。彼らはいつだって私の支えになってくれ、あまり感情の起伏が激しくない私の代わりに怒り、泣き、笑い、悲しんでくれた。

満たされていた日々。
なのに、心は温まるどころか鉄錆た風が吹くばかりで、どうしようもなく枯渇していた。

自分の居場所は、どこなのだろう。
あの人に会いたい、と願ってしまう。
そんな想いが募るばかりだった。





















「君!」











ぼんやりとしていた私の腕を、力強く掴んだ少年がいた。
薄暗い小道に入る手前の、比較的人の少ない通りだった。






「・・・私?」



教えられた風貌の店はどこにも見当たらない。
考え事をしていたせいで、道を間違えたのかもしれない。








「そう、君!

どうしたの?迷子?そっちはノクターン横丁だよ、君みたいな子供が行ったら危ないよ!」
「・・・・・・え?」







自分が行こうとした道の先を見ると、昼間だというのに暗闇に包まれた通りがあった。
あれがノクターン横丁、と呟くと、その少年は驚いた!とばかりに声を荒らげた。








「うそ!信じられない!君、一人で来たの?ダイアゴン横丁は初めて?」
「ええ、そうなの。実は、ここに来るのは初めてだから、よく分からなくて・・・でも、止めてくれてありがとう。ノクターン横丁には行くなと言われていたから」
「え、いや、その、君みたいな女の子が行くところじゃないって、僕も聞いていたから・・・」







そう言うと、彼は私の腕を放して、照れくさそうに自分の髪をくしゃくしゃと掻いた。
見たところ、私と同じくらいか、少し年上か。日本人と違って外国人は大人びて見えるため、実のところよく分からないが。







「それで、どこに行きたかったの?」
「杖職人オリバンダーの店に。どこで、道を間違ったのか分からなくて、どうしようかしら」
「わっ、本当?僕もちょうど杖を買いに行くところだったんだ!良かったらだけど、一緒に行かない?」





また迷子になったら困るでしょ?と言われてしまえば、頷く以外に答えはなかった。

彼に着いていくと、今度はすんなりと目的の店へ辿り着くことができた。不思議なものである。オリバンダ―の店は漏れ鍋より古く、もうどこに何があるのか、人が埋まっていても気付かないくらいの物で溢れかえっていた。




「す、すいませーん・・・」




ドアのベルの音で来客に気付いたのか、箱山の一部から人の頭が出てきた。どさどさどさ、と荷物が崩れた。






「おお、君は、Ms.クローヴィスだね?・・・おお、おお、感激じゃ、またこの杖を拝める日が来るとは、ありがたや」
「あれ、君、杖を買いに来たんじゃないの?」





父から贈られた杖をオリバンダー老人に渡すと、なぜか涙ながらに礼を言われた。
そんなに珍しい代物なのだろうか。

少年は、私が杖を持参したことが予想外なのか、目を丸くしている。







「今日は杖の具合を調べてもらいに・・・でも、今年からホグワーツに入学するわ。初めての事ばかりで不安だけど、とても楽しみなの」
「そうなんだ、僕もホグワーツに入学するよ!不安?僕は楽しみで夜も眠れないくらい興奮しているよ!そうだ、それなら、僕ら友達になろう!ホグワーツの友達一号!!嬉しいなぁ、もう友達できちゃった!!」
「え、その、いいの・・・?むしろ私みたいな魔法初心者で、」
「それをいうなら、僕だってまだ入学前だよ!」





友達一号、その言葉に胸が熱くなる。
こんな風に受け入れてもらえるなんて、思ってもみなかった。この少年は、純血思想ではない、と考えても良いのだろうか?いや、何も知らない子供なのかもしれない。けれど、嬉しかった。

楽しみ、そう、楽しみで眠れない。しかし別の気持ちもある。
魔法に触れて何日もたっていないために実感がわかないのか、それとも未知との遭遇に恐怖しているのか、自分にはまだ分からない。

目の前で無邪気に笑う少年が少し羨ましく思えた。











「お父上はお元気ですかな?彼の杖は非常に従順で貪欲だった。まるで本人のように」
「はい、まだ娘離れしてくれませんが・・・そういえば、父が魔法を使ったところは見たことがありません」
「なんと!相変わらずルールには厳しいようですな。どこかの言葉で、確か“郷に入っては郷に従え”でしたかな?杖の方も痺れを切らしているころでしょう、今頃」






懐かしそうに言うオリバンダーは、杖を手に取るとルーペと似た道具で色んな角度から、舐めるように調べ始めた。






「一角獣の角の欠片、セストラルの尾に、蛇王の毒液、サラマンダーの血」
「(まじか)」
「30センチ、プライドが高く気難しい、非常に扱い辛い」






ぶつぶつと呟く老人の途切れとぎれの言葉に、思わず冷や汗が流れた。
一角獣、セルトラル、蛇王・・・って、なんだかとんでもない魔法生物ばかりだ。
蛇王、ようするにバジリスクのことだと思うけれど、毒液なんてどうやって入手したんだろうか。採取で何人か死んでないか。


オリバンダーの独り言は少年にも聞こえていたらしく、顔色が悪い。
まだ見ぬ机上の魔法生物の名がつらつらと出れば驚くのも当然であるが、珍しい材料を使ったものならば、他にいくらでもあるだろうに。

首を傾げつつ彼にかける言葉を探していると、ふいに、私の肩に何者かの手が置かれた。同時に、とても良い香りが鼻腔をくすぐる。














「一人歩きのあとはデートかしら?アベルがブチギレるわよ」







「あ、っと、その声、もしかしてミシェル?」
「ハーイ、ダリア。何日ぶりかしら」




からかいを含んだ艶のある声と、独特な甘い香り。
一度会えば忘れられそうもない美女は、まごうことなく、最近まで家にいたあの女性。






「なんで、ここに・・・」
「あら、可愛い親戚の入学祝いを買いに来たっていうのに、酷いわね?」





肩に置かれていた手がずるりと下がり、彼女―――ミシェルは私の頭を抱いて髪を撫で始めた。





「久しぶりね、オリバンダー。少し見ない間に随分老け込んだわね」
「お前さんは変わりませんな、いつも通り、美しいままじゃ」
「当然でしょう?」





ふん、と鼻を鳴らすミシェル。
傲慢とも取れる態度だが、挑発的につり上がった唇だとか人を嘲笑うかのように細められた目つきだとか、甘い不思議な香りがする薄紫がかったプラチナブロンドだとか、改めて見た彼女の美しさなら、それも許されるのだろうかと錯覚してしまう。


現に、煙のように現れた彼女に驚いたらしい少年は、顔を真っ青にしたかと思うと、今は茹で蛸のように耳まで赤くしている。

そういえば、とても今更だが、この世界での両親は優しいばかりか、美しく聡明で、さらにお金持ちということに気がついた。そのおかげで私は必要以上の教養を得ることができ、並以上の生活を送ることができていたのだ。
あまり実感していなかったが、こうして外に出て人の反応を見ると、痛いほど分かる。




「フフフ」




オリバンダーは高齢のため見慣れているのか、少年ほど動揺は見られないものの、ミシェルを視界に入れないようにしているのがはっきり分かる。直視していない。
再び杖に意識を集中し始めたオリバンダーに飽きたのか、ミシェルは私の髪の毛をひと房指に絡め、くるくると遊びだした。





「ねぇダリア、この可愛らしい紳士はどちら様?」
「え?
・・・あ、知らない」




そういえば、聞いていなかった。





「ええっ、名前も知らない異性とデート?情熱的ね」





うふふ、といたずらに笑うミシェルだが、そもそも自己紹介するほど仲良くなろうなど考えていなかったのだ、仕方ない。
硬直している少年の袖を引き、視線を合わせると、少年は心ここにあらずな意識をはっ、と取り戻した。





「私は、ダリア・クローヴィス。貴方の名前は?」
「あ、ぼ、僕はジェームズ。ジェームズ・ポッター。ねぇ、君、クローヴィス家だったの?もしかしてこの女性って、」
「あら、ポッター家の子だったのね。ミシェル・クローヴィス、ダリアのとおーい親戚よ」




よろしくね、と彼女が笑えば、せっかく戻ってきた少年・・・もといジェームズの意識が再び飛んでいく。








「終わりましたよ。どこにも異常はない、素晴らしい杖じゃ」
「代金は?」
「既に頂いておりますよ」




父が前払いでもしていたのだろうか。

手元に返された自分の杖を握りしめ、ぼんやりと未来を思う。
この杖で、私に何ができるだろうか――――





















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