過ぎた日々を、



純日本人だった昔の私は、成人した女性だった。
美人だとか特別可愛いとか優秀だとか、そんなことはなくて、けれど自分が築いてきた人生は平凡なりに素晴らしいもので、そしてこれからさらに輝くはずだったものだと記憶している。


赤ん坊。
―――そう、記憶の中の私は、愛しい恋人との間に子供を授かり、新しい家庭を作ろうとしていたのだ。
欲しくて欲しくて堪らなかった、証。
なのに、何故。


「わたしは、まだこどもなのね」


お腹に触れてみた。
もちろん、そこに新しい命など宿っているはずもない。
しかし、私の独り言を聞いた“父”はうまい具合に勘違いをしたらしく、慰めるように私の頭を撫でた。


「たくさん食べて、遊んで、眠ればダリアも大きくなれるよ」
「・・・ほんとう?」
「本当だとも。大きくなったら、ママみたいに美人になるはずさ」
「ママみたいに?」
「そうだよ」


言うと、“父”は寂しげに微笑んだ。
私はつないでいた手を離し、反対の手に持っていた小さな花を、棺の中で安らかに眠る“母”の胸にそっと置いた。“母”は美しかった。
たっぷりとした蜂蜜色の髪によく映える、真っ赤なルージュ。
今にも動き出しそうなほどに血色の良い、化粧を施した肌。
整えられたドレスに、左薬指にはめられた金のリング。


対のリングをもつ“父”は、最期に「おやすみ」と“母”の額にキスをした。当事者である私は、その様子をスクリーンの向こうにある映像のように見ていた。



「(彼も、悲しんでくれているのかしら)」



“両親”はとても理想的な夫婦で、もし自分も“彼”といたならば、こんなふうに過ごしていたのだろうかと考えてしまう。
“父”も“母”も好きだった。
愛する男性と共に在ることができる“母”に少しの嫉妬も覚えたが、溢れるほどの愛を惜しみなく注いでくれた二人には感謝しかなく、与えられる幸福に心から満足していた。



はず、だった。


“母”がいなくなって、悲しいのは私も同じはずなのに。




「(どうして、涙が出ないのかしら)」




葬式に参列した人々は、泣かない少女を見て眉を顰めた。
冷たい子、と陰口を叩く者もいたが、中にはそれを哀れに思う者もいた。

式が終わり人もまばらになると、父親は娘を抱きしめ、声を押し殺して、泣いた。
娘は父親の頭を胸に抱くようにして、静かに響く嗚咽を、ただ黙って聞いていた。











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