沈黙の時間が、

この世界でのポッター家というのは、私の家と同じく純血の魔法族として知られている。純血主義ではない、珍しい家。ミシェルに聞かされるまで家柄にまったく興味はなかったが、私の中にあるイメージが先行して彼を見てしまっていた。

ジェームズ・ポッター。

児童小説の中の、主人公の父親の名前である。作中に彼は目立って登場することはないが、いかに悪戯好きであるか、一途であるか、子供っぽいか、前世の情報から知っていた。

・・・ということは、だ。
帝王ことヴォルデモート卿は死んでいないし、もちろん主人公も生まれていない。そもそも小説通りに始まるかも分からない物語に、私は巻き込まれてしまうのではないだろうか。



「(なんて厄介な)」


幸いなことにダイアゴン横丁での買い物以来、ジェームズ・ポッターには遭遇していない。同じ新入生だが、グリフィンドールに組み分けされる彼と同じ寮に入らなければ、今後深く関わることもないだろう。





「(全く嫌な世の中だ)」



溜息を吐く私は、ホグワーツ特急に乗って流れる景色をぼんやりと眺めていた。




「・・・外がうるさい」




コンパートメントには自分ひとりしかいないもの、廊下を走る音や人の話し声が響くためせわしない。暇つぶしに持ってきた本もすでに読み終え制服にも着替えてしまったし、やることがない。

さてはてどうしよう、闇の魔術でも練習するか。




「早く着けばいいのに」




そう言って、私は籠の中にいたペットの名前を呼ぶ。

ミシェルから入学祝いに贈られたのは、羽の模様が美しいアビシニアンミミズクだった。毛が猫耳のようで可愛かった。“バロン”と名付けたその子は、大きな黒い瞳を眠たそうにとろんと揺らし、目の前に指を差し出せばあむあむと甘噛みしてきた。ああ可愛い。




とん、とん



と、その時、ふいに扉が控えめにノックされた。





「どうぞ」
「あの、ごめんなさい、ここ、空いてるかしら?他のところはいっぱいになってたみたいで」




赤毛がキラキラと綺麗に輝く少女が、申し訳なさそうに顔だけ出して言った。汽車が出発してから一時間はたっているが、その間ずっと空席を探していたのだとしたら、可哀そうだ。疲労の表情が隠せていなかった。





「ええ、梟がいるけれど、それでも構わないかしら?」




そう声をかければ、ホッとしたように少女は表情を和らげた。
荷物を入れたいのか、一度扉の外に出たかと思うと、一人の少年と手をつないでコンパートメントに入ってきた。

なるほど、二人分の席を探していたのか。





「ありがとう、本当、人が多くて。二人座れるところがなくて困っていたの」
「そう、」
「貴女、お名前は?私はリリー・エヴァンス。それで、こっちの彼が」
「・・・」




黒髪の、生気のない肌色の少年は、何故か私を睨みつけて一言も話さない。

ふむ。
とはいえ、彼に嫌われるようなことをした覚えはないため、おそらくそういう目つきなのだろう。愛想がないのは人にいえることではないが、難儀なものだ。



「ええと、セブルス・スネイプよ」
「私は、ダリア・クローヴィス。どうぞよろしく」
「!!クローヴィスッ?」
「あら、セブ、知っているの?」
「い、いや、知らない」



しまった、といいたげに視線を泳がせた少年、もとい、セブルス。いやいやいや、どう考えても知ってるやつだ。目の色が変わり、そわそわと落ち着きがなくなっている。



「私の家は魔法界では知られているらしいから、どこかで聞いたことがあるのかもしれない」



まぁ、こう言っておけば良いだろう。
自分の向かい席に腰かけたリリーは、納得しきれていない様子で首を傾げている。マグルの出なのだろうか。嫌ではない沈黙が続き、暇ならどうぞ、と読み終えた本をいくつか渡すと、二人とも喜んでくれた。




しばらくして、空の景色がだんだん暗くなり、車内の明かりがぽつぽつと灯り始めた。






「もうずいぶん走っているけれど、まだ着かないのかしら?」




お尻を撫でつつ、リリーが退屈そうに窓の外を見た。




「さぁ、私にもちょっと分からない」
「!あ、じゃあ、ちょっと他の人に聞いてくるわ!もしかしたら先輩方と仲良くなれるかもしれないし・・・セブは、ああ、来ないわよね知ってるわ」



リリーは勢いよく立ち上がり、嬉々とした表情で手をたたいた。
そして、ばたばたばた、となんとも分かりやすい音を残して、コンパートメントから去っていった。





「えっと、あの子はいつもあんな感じなの?」
「ああ・・・」



猪突猛進型というか、嵐のようだ。
心の中で呟けば、私が言いたいことを察したのか彼は遠い目をした。慣れているのか、それとも言うだけ無駄だと思っているのか。





「それにしても、彼女、分かりやすいわね」
「?」
「私たちに、仲良くなってほしかったんでしょうね。閃いた、名案、という顔だったもの」
「・・・余計なことを」




そういいつつもどこか嬉しそうにセブルスは口元を緩めた。自分の事を思っての行動、それが照れくさいのだろう。頬がわずかに色づいている。




「で、私と仲良くする気はあるの」
「は?」
「あの子が戻ってきてしまうよ?」




くすりと微笑みながら言うと、セブルスは言葉に詰まったのか唇をきゅっと結んだ。


セブルス・スネイプ。
主人公が属する寮と対立関係にある、スリザリンの寮監になる人物。とはいえ、今はまだ幼い少年に過ぎない。

不気味な黒ずくめの、油でテカテカの、育ちすぎた蝙蝠―――ベトベトだと表現されていた髪はさらりと風に揺れ、烏の濡れ羽色特有の綺麗な青い光のリングを反射させている。背が低く小柄ではあるが、バランスの良い食事と生活習慣を身につければ、ゆくゆくは立派な色男になるだろう。


・・・おっと、別にショタコンの気はない。

ただ、彼が気にしちる少女の言葉を利用して上手く健康男子になるように仕向けるには友人という立場の方がやりやすいと思ったからだ。





「お前は、」
「ん」
「リリーとも、仲良くするか?なんというか、お前は、他人と過ごすのは好きではないように感じるが、その」
「ああ、そう見える?」
「す、すまない」
「そう、確かに。話すのは面倒だからあまり得意ではないわ」
「そ、そうか」
「でも、無駄じゃないおしゃべりは好きよ。無駄なことは嫌いだけど」




同意だ、と頷いた彼とは、なんだかうまくやっていけそうだ、と思った。
















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