最初に目に入ったのは、高い木目の天井だった。
少しずつ目を開いていくと、自分は布団に寝かされているのだと気付いた。
「(死んだと・・・思ってたのに)」
谷へ落ちたのに、どうして生きていられる?
また小十郎に助けられた?
本当に終わったと思ったのに―――
「気がついたようだな」
「ッ!?」
聞き覚えのない声。
そちらを向こうとしたが、途端に全身を激しい痛みが襲った。
「ッいた」
少年―――もとい梵天丸は、体を駆け巡る鋭い激痛に顔を歪め、布団へと倒れこんだ。
聞き取れた声は女性のものであるが、聞いたことはない。
「ふむ・・・傷が痛むのか」
「寄る、なって」
視界には、黒髪の美しい女性。
顔の右半分を長い前髪で隠しているようだが、それでも造りが整っていると分かった。
切れ長のすっきりとした目元は、爽やかというより気の強さを素直に表しているようで、梵天丸は思わず目を逸らした。
「・・・寄らねば手当てができないのだが」
似ていた。
口調もさることながら、顔も、その長い黒髪も。
自分を拒絶した、あの人に。
「処置しないと傷が悪化するぞ」
「る、さい」
「熱も出ていた、疲れだろう」
「ッうるさいうるさいうるさい!なんで構うんだよ!なんで近寄るんだよ!気持ち悪いなら見なければいい!!陰で言うくらいならはっきり目の前で言えばいいじゃないか!!ほっとけよ!面倒くさいんだよ!!構うな!寄るな!!どうせお前らも金目当てなんだろう!!!!」
言葉が止まらなかった。
この女性は関係ないということを無意識にでも理解しているというのに、溢れてくる暴言はとどまることを知らない。
女性が何も言い返さないから。
感情のこもらない冷めた視線で、己を見つめてくるから。
痛む傷にも構わず、梵天丸は怒鳴り続けた。
惨めだ、というのは痛いほど分かっている。しかし、心が悲鳴を上げていたのだ。これ以上、一人で苦しんでいたくなかった。吐き出したかった。誰かに苦しみを理解してほしかった。
もう何も聞きたくなくて耳を手で覆い、目をギュッと硬く瞑った。
女性はその様子を見て訝しげに眉をひそめたが何も言わなかった。
否、言えなかったのかもしれない。
「主」
す、と襖を開けると、そこに従者がいたのだ。
黒いスーツを身に纏い、モノクルをかけた左目の奥は見えない。
漆黒の長い髪を一つにまとめ、膝を追った姿で畳に着いている。
「・・・どうかしたのか」
「少々お時間をとらせていただきますが」
静かな声で言う従者に、歪夢はすぐに答えない。
未だ耳をふさぎ頑なに目を瞑っている梵天丸をちらりと一瞥し、再び視線を戻した。
「此処で話せ」
「・・・では、報告させていただきます」
「先日この屋敷に入り込んだ者ですが・・・遺体が消失しました」
歪夢が、従者の方を向いた。
「どういうことだ?」
「分家の仕業かと思ったのですが、拷問しても何も言わなかったことから違うと推定いたしました。
そして三人のうち一人が・・・“ここはどこだ”と呟き、事切れました」
“拷問”
やはり子供、好奇心から話を聞いていたらしく、その言葉を耳にした途端びくりと身を震わせた。
「それで」
「はい。見たこともない服装、フットワークの軽さ、多人数、消失した遺体・・・そして分家ではなく、この世界のシステムを知らない。察するに」
従者は、震える梵天丸に鋭い視線を送った。
「異世界から不意に来てしまった者ではないかと」
(赤色を呼びますか?)
(駄目だ。せめて緋色にした方がいい)
(?何故です)
(潤は面倒事を起こすぞ、こんな厄介ごと、絶対に楽しんで茶々を入れてくるに決まっている)
(あぁ・・・そうですね、完全に否定できないところがあの方らしいです。では手配しましょう)