顔の半分に包帯を巻いた少年は森の中を走っていた。
木の枝で切れた腕も、転んで剥けた足の皮も、髪に張り付いてはがせなくなった蜘蛛の巣も、彼は気にしていなかった。
いや、気にしている暇がなかった。
逃げなければ。
早く、もっと遠くに。
脳内に響く警告音、今にも爆発しそうなほど強く脈打つ心臓、途切れ途切れの呼吸。
少年は破けた服を引きずり、ぼろぼろになっても足を止めることはなかった。
「はっ・・・はっ・・・」
息を切らして涙目になりながら―――瞳に絶望と切望を宿して。
表情は暗く、怒りと悲しみがない交ぜになったような―――どちらかというと、怒りの色が若干強い。
(なんで自分ばっかり・・・・どうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうして・・・・・・
なんで、ッ!!!)
あんなに優しかった母親が豹変したのはいつからだったか。
熱にうなされながら、激痛の走る全身の悲鳴を受け、霞む意識の中でも懸命に耐えた。
温かい笑顔をもう一度。
撫でて欲しかった。
会いたかった。
ただそれだけを胸に、病魔と闘っていたというのに。
「妾に近寄るでない!!!」
「ああ汚らわしい、この化け物め!!!!」
やっと会える体になったというのに、会いに行ったら拒絶された。
あの人は自分が嫌いなんだ。
醜いから、穢いから、気持ち悪いから。
「ううっ・・・!!」
ご膳に毒が混ぜられ夜中に命を狙われあわよくば餓死してくれないかと化け物と蔑まれ怯えた眼差しで見られあるいは腫れ物でも触れるかのような接し方で。
目付け役の小十郎がいなければ、今ごろは冷たい土の下にいただろう。
何故、こんなにも恐ろしい自分を気にかけてくれるのか、守ってるくれるのかが分からないが、今の自分にはもう彼しかいなかった。
恩にきせるつもりなのか、分からないけれど。
今、小十郎はいない。
懐に潜ませている小刀も、忍び相手に通用するはずがない。
それに、そこらの忍びとは格が違う。
ヒュッ・・・
ドスッドスッ
「ッ!」
背後から飛んできた苦難が足首をかすめ、少年の走るスピードは遅くなった。
追い詰めて、じわじわと殺すつもりなんだ――・・・
殺すなら、早く殺してくれればいいのに。
遠くまで行かせて、他の領主に殺されたと思われればいい、と。
あの人ならそう考えてもおかしくはない。
だが
「(いやだ・・・こんなところで死ぬなんて・・・ッ)」
己の非力さを、これほどまでに恨んだことはなかった。
頬を伝う滴のせいで視界が滲んでいくが、それでも走り続けた。
彼らから逃げ切れるとは思っていない。
何せ、手練れの忍びと子供。
ましてや己に至っては病み上がりである。
誰がどう見ても、勝敗は明らかだった。
そして、それは唐突に終わりを迎えた。
「――――っあ」
森の奥深く、光の差す場所。
ガクン!!と体がゆれ、一瞬だけ時が止まったように思えた。
少年は目を見開く。
「っくそ」
激流の谷。
見下ろせば、遥か下で水がごうごうと渦巻いているのが目に入った。
「―――梵天丸様」
ああ
追いつかれた。
「呼ぶな・・・ッ」
「お命、頂戴致します」
キラリと光るものが見えて、世界が暗転した。