おばけになりたいよ >> 真っ白な病室にいた彼女は、僕の片割れだという。



「おねぇ、ちゃん」




幼かった僕は、ピクリとも動かない彼女をガラス越しにただ呼びかけることしか出来なかった。区切られた空間。空気清浄機。ガラスで隔たれた清潔なアチラ側。


ねぇ、僕の半分なんだよね?
何でそっちにいるの?
なんでこっちにいないの?








「・・・、・・」





あっちにいた“僕”がこっちを向いた。
そして、ふ、と緩んだ口元が弧を描いて、目が合った。






「・・・あ」




同じだけど、同じじゃない。
白い服。長さの違う髪。透けるような肌の色。苦しげな表情。似ているけど、似ていない。双子、なんだ。笑う顔があんまりにも淋しげで、儚くて、泣きそうで、今にも壊れてしまいそうで、今まで見た誰よりも辛そうだった。






けど、それが綺麗だと思った。
そう、鳥肌が立つくらいに。






























僕と姉が出会ったのは四歳の時。
深刻な顔をした両親に連れられていった病院に、彼女はいた。
無邪気に日の元で笑っていた自分はどれほど愚かだったか、それをどんな気持ちで両親は見つめていたのか、現実を突きつけられたような気がした。何の苦労もない自分が遊んでいる間、片割れがどれだけ苦しんでいたかなんて考えもしなかった。僕よりも小さい、あの細い体に何本ものチューブが差し込まれているかなんて想像もしなかったんだ。


彼女は知っていたはずだ。
僕という半身が健康で、彼女という存在を知りもせずのうのうと両親とともにたくさんの愛情を受けて暮らしていたことを。
僕に対して憎しみすら覚えるはずなのに、何も言わないでくれた。

呆気にとられる僕に、病室の中から笑いかけてくれたんだ。

なんて、美しい。
幼いながらにして芽生えた感情だった。




その時から、きっと、僕は彼女を好きになっていたんだ。










「御影ー、サッカーやろうぜ」





ごつん、と頭に何かが当たる感触がして、目を開けるとそこには白黒のサッカーボールがあった。







『あー・・・今、何時?』
「放課後。今日も良く眠れたみてーだな」
「うげ」






僕が寝たのは五限が始まってから・・・



誰も起こしてくれなかったのか?おいおい、せめて教師くらいは起こしてくれてもいいだろう





「御影の場合ちゃんと授業受けてても同じだろ。ならうるさく騒がれるより寝かせて静かに授業進めるのが得策ってもんだ」
「・・・うっせー」





僕は勉強が少し・・・いや、全然出来ない。

高校受験はスポーツ推薦だったしテストじゃ赤点なんて当たり前。
理科の化学式とか数学の方程式、古典の書物なんて「え、何それ?」って名具合で完璧に分からない。まぁ体育なら満点だけど。あれ、僕いいとこない?運動神経とったらただの馬鹿じゃない?

うぇ、この年で馬鹿のレッテル貼られてるのってどうなんだ自分。





『ってこんなことしてる場合じゃない。涼太と話してる暇あるんだったら急げ自分!』




ガタガタと立ち上がり荷物を持って走る。





「ちょっと待て!オレ今さっきサッカーしようぜって誘ったんだけど!?しかもお前、俺の存在否定したろ!?」
『ちょっ、マジ勘弁して早く帰りたいんだから話してよこの馬鹿・・・とうッ!!』
「買Oエッ!!」





しつこい涼太の鳩尾に肘を食らわせてやった。






「御影・・・こんにゃろが・・・・・・・最近付き合い悪ぃと思ったら・・・この、裏切り者ぉぉぉお!!」
『バッ、何が裏切り者だってんだよ!?』





崩れ落ちる涼太を放って、ドアを蹴る。








『姉貴の見舞いに行くだけだ!!』









その後、勘違いをしていたらしい涼太に「シスコンかよ!!」と突っ込まれた。
殴ってやったけどな、力の限り。
シスコンで悪いか馬鹿野郎。
本当なら一日中一緒に至って飽きない・・・むしろ離れたくねぇけど仕方ないだろ。
だって、姉さんが言ったんだ。









「友達に会えるんだから学校くらい行きなよ」




嫌味なんかじゃない、本音だって分かった。
双子だかなんだか知らないけど、僕と姉さんは初対面の時以来お互いのことが手に取るように理解できた。
・・・勉強は駄目だけど。
僕が夜中に苦しいといえば必ず病院から連絡が入ったし、どちらかが怪我をすればそこが痛くなる。なんかくらくらすると思えば姉さんが貧血で病院内で倒れた時はこれがあってよかったと本当に思った。担当医には「双子だからかなー」と笑われたこともあった。




僕が姉さんの半身で、姉さんが僕の半身。







嬉しかったけど、それと同じくらい悲しかった。
彼女の病院に着いて数分、僕はもうここの常連(?)で受付なんて顔パス、他の患者さんとだって普通に話せるくらい仲がいい。












「おっかしいな・・・いつもなら中庭にいるはずなんだけど」





キョロキョロと姿を探しても、姉さんらしい人影はない。

姉さんのお気に入りは中庭・・・天気のいい日は木の下にあるベンチに座って読書に没頭しているのに。どこに行ったんだろう?久しぶりに病室でも行ったのかな?
あそこ嫌いなんだよね、良くわかんない機械とかいっぱいあるし、すんごい不気味だし。

姉さんの部屋は個室で、他の病室より少しはなれた場所にある。医者が言うには、あんまり人の出入りが多いとよくないものを呼び寄せたりするらしい。本人の申し出もあったらしいけど。病室に向かう途中「廊下は走らないでね」とか注意されたけど気にしない。
あっちもそんなの今さらっぽくて何も言わないから放置。


静かな廊下を、できるだけ音を立てないようには知って姉さんの病室へ急ぐ。







階段を上がって、角を曲がって、庭に出て、



シックなアーチを渡って―――











「え・・・・・・?」














姉さんじゃない、西洋風の小屋の中に入っていく人影が見えた。

「あら、もしかして弟くんじゃないかしら?」
「ッ!!?」






誰かが姉さんの病室に入っていくのを呆然と見てその場から動けないでいると、誰かに肩を叩かれた。

驚いてつい振り払ってしまったけど、他人だろうから仕方ない。
だって看護婦さんも医者も、他の患者さんも自分のことを“弟クン”なんて呼んだりしないから。






『だ、誰だよっ』

「えー、アタシのことぉ?」

『他に誰がいるっつーんだよっ!!』






赤い女性だった。

決して不吉な意味ではないのだが、目の前に立つ彼女を一言で表すなら、その表現以外にはなく“赤い”としか言いようがないのだ。
片方で高くまとめられた髪も、緩く弧を描いた唇も、綺麗に整えられた爪も、黒と金の蝶が刺繍された着崩している着物も。ひとまとめに“赤”というが、彩度や明度が違うのか一つ一つが変化のある色になっている。陶器のように滑らかな肌と、黒曜石のような輝きを持つ瞳が上手い具合に赤と調和していた。






『(な、なんつーか・・・えらくキッツい美人だなッ)』






つりあがった猫目はしっかりと自分を捉えている。
なんだか、蛇に睨まれた蛙の気分になる・・・・











「病院に来てるんだから知り合いのお見舞いに決まってるじゃない・・・ちょうどよかったわ、少し話さない?」







くい、と火のついていないキセルで中庭を指す。









































僕のことを弟って知ってるみたいだから姉さんの知り合いなんだろうけど・・・なんで教えてくれなかったんだよ。
一緒にいるなとか、他の奴なんて見るなよ、とか言わないけど・・・隠し事されるのって、嫌だ。


“独占欲”


そんなこと、姉さんと会うまで知らない感情だった。弱いから守りたくて、一緒に笑いたくて、ずっと傍にいたいんだ。



なのに









この人は貴女の何ですか?














「・・・僕に、なにか」







開口一番、警戒心を隠すことなく僕は女性に言った。

中庭には誰もいないから、別に構わない。女性は姉さんお気に入りのベンチに座ると、持っていたキセルをぷかぷかと吹き始めて悪戯に笑った。










「あることにはあるわよ―――まぁ頼まれたんだけどね」
『頼まれた?』




誰に



ああ、姉さんにか






「アナタのお姉さん、よ」





やっぱりあの人か。


でも、どうして?
僕には姉さんさえいればいいのに。
他の誰も要らないのに。








『姉さんは、なんて?』
「“弟を頼む”って言われたわ」
『な・・・ッ!!』







弟を―――頼む?


それでは、まるで、別れの言葉ではないか。
しかもこんな他人に?
母さんや父さんみたいな保護者じゃなくて、後継人みたいなのか?
必要ないだろ?





『な、なんであんたなんかに?他人だろ!?大体、姉さんの知り合いってだけで僕とは何の関わりもないじゃないか!何を頼まれるっていうんだよ!』







声を荒げた僕に女性は動ずることもなく、ため息混じりに煙を吐いた。


・・・極道の姐さん、みたいな。





「そんなことアタシに言わないでよ。コレもあの子が望んだことだし、アナタの為だもの。仕方ないのよ、受け入れて頂戴」
『僕のため・・・?余計なお世話だ、ほっといてくれた方がどれだけいいか!』
「お姉さんに言いなさいな。それに、被害を最小限に抑えるのがアタシの役目よ」
『ッ名前もいわないような怪しい奴に、僕は着いていかない!』





そう



女性は名前なんて名乗っていない。
考えてみると、姉とどのような関係にあるのかすら口にしてはいないのだ。
そもそも、被害?役目?
まるで、僕が害をなすような言い方。














「夕霧朝霞よ」
『!?』
「アタシの名前だけど・・・知りたかったんでしょう?」
『そ、そういう意味じゃない!!』
「あら、じゃあどういうことかしら。で、アタシはとあるボランティアの副団長・・・ま、この地区には四人しかいないんだけどね、あの子の頼みは断れないから人手を割いてまできたってワケよ」









つらつらと唇の端をあげながら楽しげに話す女性―――もとい、朝霞。

着崩した着物から艶めかしい美脚が見え隠れしているが、そんなものに興味はない。











『ボランティア・・・?』










僕が不思議そうにいうと、彼女の笑みがさらに深まった。

例えるなら、蛇のような。ニヤリ、と獲物を狩るように、目を細めて、罠にかかった獲物を舐めるように。














「“騎士団”っていうの」

















嗤った。





























(僕だけの姉さんだと思っていた)
(思いたかったんだ)







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