Mement mori | ナノ

【器用貧乏な奴ら】


 



 レバーを引いては弓を変形させ小剣に、またレバーを引いては小剣を弓に。わたしの手は飽くことなくその操作を繰り返していた。最近は手持無沙汰な状況になると無意識のうちに手が武器を弄んでいる事が多々ある。今もそうだ。切り替える感触を確かめるように、しかし目だけは武器に向けられていない。
 左手に弓を、右手には本を。金属の噛み合う音を聞きながら、もう片方の手でぱらりと頁を捲る。治癒術に関して書いてある文章を一文字ずつゆっくりと読み解いていく。テレビを観ながら勉強をするよりはずっと簡単だ。……と、わたしは思う。

 だが心外なことに、三つのノックの後部屋に入ってきたレイヴンには大層奇異なものを見るような目で見られた。解せぬ。

「器用な真似するなぁ」

 半ば呆れたような感心を向けて、レイヴンはわたしの腰かける寝台にダイブした。ぼふん、と揺れて、これまでリズムよく途切れることのなかった金属音が止まってしまった。剣の形だった。
 それをよしとしたのか、彼はわたしの左手を掴んで自分の方へ引き寄せる。するりと剣を奪われて、まじまじ手のひらを見られた。手相でも見ているのだろうか、でも今のわたしの手は皮が剥けたり罅割れたり何やら、それが治りかけているところなのでお世辞にもきれいとは言えない、従って手相も見にくいだろうに。

 そんなことを思いつつ、わたしの目は彼ではなく本に向けられたままだった。レイヴンがギルドの仕事の合間にわたしの部屋を訪れ寛いでいくのはしょっちゅうあることだ。自分の部屋があるのに何故わたしの部屋を使うのかは知らない。

「そういえば、さ」

「……?」

 一人でわたしの手を握らせたり開かせたり、何が楽しいのかそうして暇を潰していたレイヴンが独り言ではない声を発したので、半分ほど意識をそちらに向ける。彼は相変わらずわたしの片手を持ち、寝転んだまま上目でわたしを見上げていた(これが女の子だったら普通に可愛かっただろうな)。
 レイヴンはわたしの注意が自分に向けられたのを知ると、再び手を弄り始めた。人の手を玩具にするなと言いたいところだが特に害も無いので咎められない。

「みうちゃんて、何やっても卒なくこなすよね」

「ん、まぁ。よいりょ、……ようりょく…?」

「…要領?」

「そう。要領いいんだ、わたし、結構」

 自分で言うのも何だけど。わたしはそれなりに要領がいい。レイヴンが言った通り、見たり聞いたりすれば大抵のことは卒なくこなせるし、人並みには出来る。
 ただ、それだけ。卒なく、人並みに出来ることはあっても、それ以上はいかない。人によっては器用な生き方だと言われる。人によっては器用貧乏とも言われる。所詮その程度の、要領のよさなのだ。

「でも、貧乏が器用、だから、あまり役立たない」

「器用貧乏ね。うん、まぁ……俺様も、そうかも」

「レイヴンも?」

「そそ。やれば大抵何でも出来ちゃうっていうのかな、そんな感じ。だから特別得意ってことがなくてさ、詰まらんのよ」

 まさにレイヴンの言うとおりだった。だけど少し、意外。レイヴンが要領よくて器用な人だって言うのは何となくわかるけど、器用貧乏だとは思わなかった。だって、特別な何かがない人だったら、天を射る矢の幹部に、ドンの右腕なんかになれっこないじゃないか。
 訝しみながらレイヴンを見下ろすと、その視線に気付いたのか彼は弄んでいたわたしの手に自身の指を絡めてくる。俗に言う恋人繋ぎみたいな。弓を握っている時よりも、彼の体温で手が暖まっているような気がした。

「レイヴンは、違う。器用だ、とても、すごく」

「そう見える?」

「ああ。…違うか?」

「さて、どーだろね。……でもそうだとしたら、お揃いだよ、俺たち」

「器用貧乏がお揃い……大変だ」

「はは、違いないわ」

 もし本当にそうだとしたら洒落にならない。何か嫌だ。けど、繋がったレイヴンの手を見ていると、わたしにはどうにも彼がただの器用貧乏には見えないような気がしたんだ。その見当が外れていたにしても、多分、わたしよりはずっと器用な人に違いない。

 わたしの手に頬擦りまで始めたレイヴンを見咎めて力づくで手を取り返す。おかえりわたしの左手。名残惜しそうな視線は無視して、寝台に放られたままの小剣を引き寄せた。その様子を見ていたレイヴンがへの字に曲げていた口を開く。今度は殆ど、わたしに聞こえなくてもいいとでもいうかのような、独り言に近い声音だった。

「でもその武器、要領がいいだけじゃ使いこなせないのよ」

「…………知ってる、だから、練習」

「そう、ね。みうちゃんは元から両利きってわけでもないのに、今じゃ右手で矢を番えて左手で剣を振ってるでしょ。それは毎日サボらず練習に励んだ努力の結果じゃないかとおっさんは思うわけ」

「…それが、何」

「みうちゃんは自分の器用さを驕らない頑張り屋さんってこと」

「じゃあ、レイヴンも同じだ」

「え、おっさんも?」

「――お揃い、なんでしょ?」

 わたしがそう言うと、レイヴンは数度瞬きして、シーツの海を泳ぎながらこちらへ近づき腰に腕を回してきた。何かいい事でもあったのだろうか、よく分からないし少々暑苦しいけど、読書の邪魔にはならないので放置することにした。左手はまた数分前までと同じ、武器の切り替えの繰り返しをはじめる。

レイヴンが構ってくれと駄々をこね出すまで、あと三分。


110810


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