Mement mori | ナノ

【湧き上がる】


 



 今、レイヴンは、何て言った?

 いや違う、レイヴンじゃない。レイヴンが持っている紙。彼はそれに書かれた文章を読み上げただけ。
 バルボス、紅の絆傭兵団、ユニオン盟約の破棄、打倒。ドンは対等な立場であれば帝国と手を結んでも構わないと言った。ドンのお陰で帝国とギルドの衝突が減っているのだということは知っていた、だからドンとしても最近の紅の絆傭兵団の動きは放っておけないんだって。わざわざ古い友人のベリウスにまで連絡を回して、のーどぽりか、にも協力して貰うんだって、言った。幹部の一人が頷いて足早に部屋を後にする。騎士がよおでるでんか、多分帝国の偉い人からの手紙を、ドンに手渡した。ドンはじきこうていこうほからの密書だと言う。次期、皇帝、候補。やっぱり偉い人。その偉い人がドンと手を結ぼうとしているんだって、ねぇ、だったら何故?
 目を通したドンがレイヴンに書状を渡し呼んで聞かせてやれと命じる。わたしの位置からじゃそれに何が書いているのか見えなかった、でもレイヴンが淡々と、淡々と読み上げた内容は、それはもう穏やかじゃない内容。


「『ドン・ホワイトホースの首を差し出せば、バルボスの件に関し、ユニオンの責任は不問とす』」


 ドンが笑った。驚いている様子の騎士にレイヴンが手紙を渡した。見開かれる青、やはり記されているのはレイヴンが読み上げた文章そのままらしい。
 ああ、目の前がチカチカする。帝国とギルドってこんなに仲が悪いんだ、ドンはこんなに頑張って仲を取り持ってるのに、帝国の偉い人は平気でそんなことを言うんだ。わたしはよーでるでんかとかいう人を一瞬で嫌いになった。

 騎士の人は特別室、という名の牢屋へ連れて行かれた。何者かの罠だ、って言う彼の表情は心底驚いているようだったけど、だとしたら騎士さんとよーでるでんかさんの考えは真逆なんだね。わたしもドンと同じことを思った。

「帝国との全面戦争だ! 総力を挙げて、帝都に攻めのぼる!」

 ドンが声を張ってそう宣言した。あの騎士は見せしめに八つ裂きにされるらしい。あまり見たくないけど、ドンにあんな、書状を、届けたんだ。同情の余地はない。

 見たことのないくらい、いつも以上に大きく見えるドンの背中が遠ざかる。「行くよ、」レイヴンがわたしの手を引いてくれなければ進めなかったかもしれない。だいじょうぶ、後ろにはハリーだっているんだ、わたしは平気。帝国を相手にするってことは人と戦うことになるのかな、それは初めてだけど、ドンが決めたのなら、わたしだって戦うよ。だから、平気、大丈夫。その意思を伝えるため、強くレイヴンの手を握り返した。

 用件を伝える前に忘れられてしまったユーリ達の前を一瞥しただけで素通りするドンの後に、続く。







 牢の見張りと何事かを話しているドン。ユーリ一行はこのままでは話を聞いてもらえそうにないと考えたのか本部を後にしたようだった。
 本当にこれから戦争がはじまるのか、そう考えると、どうしようもなく胸の奥が落ちつかない。そうだ、こわいんだ、この気持ちは、恐怖。ぐるぐるとそんなことばかり考えている間も、レイヴンはわたしの手を引いていてくれた。いつの間にやらわたしは広場に立っている。ドンの隣に立つレイヴンのそのまた隣にわたしはいる、うん、ちゃんと自分の足で立っている。目前では屈強なダングレストの住民(皆どこかのギルドの者だろう)が大勢集っていた。本来ならわたしもそちら側にいるべきなんだろうけど、レイヴンがしっかり手を捕まえているからそれは叶わない。わたしはレイヴンと違って幹部じゃないんだけど。

 街の広場で、ドンが言った。

「俺らを見下し侮辱した帝国のクソ野郎どもに思い知らせてやろうじゃねえか!」

 本当に、そうなるのかな。すぐ傍にいるドンを、何だか別の世界から眺めているように感じた。改めて見直してみると、なんだろう、ドンがドンらしくない。確かに自分の首を差し出せ、って言われたら腹立つよ、本人じゃないわたしも相当腹立たしかったし。でもドンは、ドンなら、そんな挑発染みた文章なんかに真っ向から乗ったりしない。かといって冷静さを失っているわけでもなさそうだ。なら、このわざとらしいくらいの煽り方は何なのか。いや、むしろわざと煽っているようにしか見えない。そうだとしたら一体、何のために、誰かに、見せつけるために?



「レイヴン、奴らが下手打たないようにちゃんと見とけよ」

「りょーかい。じゃ、行きましょみうちゃん」

「え、え?」

 わたしが思考に耽って俯いている間、ドンはギルド員相手の演説を終えてレイヴンやハリーとまた違う話をはじめていた。会話の断片すら聞いていなかったわたしは、いきなりレイヴンに話を振られて疑問符を浮かべることしかできない。何も言わないうちから、わたしはレイヴンと共にドンやハリーと別行動することになっていた。

「行くって、何処」

「うーん、イイトコロ?」

 足早に進むレイヴンの背を訝しげに見詰めていると、「まぁ行けばわかるよ」という苦笑交じりの返事があった。なら問題ない、分からないことばかりのわたしだけど今までレイヴンについていって後悔するような結果になったことなど一度だってないのだから。


110807


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