Mement mori | ナノ

【久し振りの】


 



 森の方から現れた四人と一匹がこちらへ、というよりもドンへ近づく。黒い長髪のお兄さん、桃色の髪の女の子、茶髪でリーゼントの男の子、茶髪でゴーグルが特徴的な女の子。あと、犬。「てめぇらが何かしたのか?」ドンは先刻の魔物たちの不自然な撤退の理由が彼らにあると踏んだのか、そう問いかけながら剣を支えにして立ち上がった。
 あの分だとドンは大丈夫そうなので、わたしは傍にいた仲間の治療を優先することにした。あっちはエアルの暴走がどうとか難しい話をしていてとてもじゃないけど混ざれない。エアルってそもそも暴走するものなのか。

「回復しろ、――ファーストエイド」

「す、まねぇな…。お嬢、詠唱適当になってないか」

「気の所為」

 わたしも結構疲れたので大目に見てほしい。あ、今聞こえたベリウスって名前、どっかで聞いたことがある。どこかのギルドの長でドンの友達だって前にドンが酒の席で話してたっけな。
 今度は別の人に回復術をかける。そろそろ術を使う余裕も無くなってきた、疲労感がすごい、なんか、眠い。「かいふくしろ、…ファーストエイド」魔導器が赤く光り、柔らかい光が彼を包む。大丈夫、まだ集中力は切れていない。

 特に怪我の酷そうな二人の回復が終わったので、改めて振り返りドンの方へ目を向ける。「坊主、そういうことはな、ひっそり胸に秘めておくもんだ」少年が森での出来事を自身の武勇伝のように語っていたのを、ドンが諌めているところだった。

「誰かに認めてもらうためにやってんじゃねえ、街や部下を守るためにやってるんだからな」

 ドンの声音はあくまで優しい。しゅんとして謝る少年の気持ちに、わたしも覚えがあるのだ、彼を笑うことなど出来ない。そりゃあそうだよなあ、誰だってドンには認めてほしいよなあ。見た所あの子、ドンを尊敬してるみたいだし、こどもなら余計背伸びしちゃうものだよね。「ちょっとすみません。見せてくださいますか?」わたしも似たようなものだしあの子とはいいお話が出来そうだ―――って、あれ、桃色の髪の子。いつの間に後ろにいたのあなた。

 何か言葉を返すよりも早く彼女の周囲に光が収束して―――あ、これ、治癒術。

「あ、あら、おかしいです……」

「…?」

「すまねえな嬢ちゃん、そいつは訳あって治癒術が効かねえんだ。出来れば他のもん診てやってくれや」

 ドンの絶妙なフォローに頷いた彼女は、わたしが治癒術をかけきれなかった仲間たちに対し同じ行為をした。やっと気付く、先刻彼女が敢えてわたしに話しかけたってことは、怪我してるんだ、自分、そういえば何だか背中に違和感があって、嫌な感じ。参ったな、さっきのグミで治り切らなかったのか、もうストックはないんだってば。
 やれやれと肩を竦めると、暫く桃色の彼女を見ていたドンが何かに気付いたように視線を巡らす。

「……ん? そこにいるのはレイヴンじゃねえか」

 あれ、何だか懐かしい名前が聞こえた。

「何隠れてんだ!」

 有無を言わさないといった風のドンの声。あ、今「ちっ」て聞こえたよあっちの茂みの方から。仕方なしとばかりに出てきた紫の羽織は、やはり、わたしの知るレイヴンだった。本当に久し振りにその姿を見た気がする、何て言うか、こう、安心したっていうか、気が抜けた。

「うちのもんが、他人様のとこで迷惑かけてんじゃあるめえな?」

「迷惑ってなによ? ここの魔物大人しくさせるのにがんばったのよ、主に俺が」

 はいはいレイヴンレイヴン。さっきまで姿を隠してたのは長いことドンと顔合わせてなかったから罰が悪かったんだよね。なのに今度は開き直っちゃってまぁ、完全にわたしの知ってるレイヴンです。少年はレイヴンが天を射る矢の一員であることに驚きの声を上げるのも納得、誰だってあんなちゃらんぽらんなおじさんがドンの右腕だなんて考え付かないよね。
 呆れたような顔をしたドンに、剣の柄で胸を小突かれたレイヴンが痛がりながら黒い人の陰に隠れる。あはは、ドンに怒られてやんの、ざまーみろレイヴン。それにしても、あの黒い髪のお兄さん、どっかで見たことあるようなないような。

 考えているうちに黒い人は真剣な表情でドンに話を切り出す。「若ぇの、名前は」話の内容を聞く前に、何故かドンが彼に名を尋ねた。

「ユーリだ。ユーリ・ローウェル」

 外見だけじゃなくて名前もどこかで聞いたような、ううん、どこだろう。忘れっぽい所、直さなきゃとは思ってるんだけど、当然いきなり直せるわけでもない。よし、今は取りあえず諦めよう。
 で、そのユーリっていうらしい黒い人が、少年少女と犬を束ねる中心人物だそうだ。彼を見るドンの目が、心なしか活き活きしてる。……少年のような目とはまさにあれだろう、じいさんだけど。

「あのー、ちょっと、じいさん、もしもし?」

 レイヴンが不安げに声をかけるが、ドンは聞いていない。
 恐らく、レイヴンとわたしの感じている予感は似たようなものだろう。

「最近、どうにも活きのいい若造が少なくて退屈してたところだ。話なら聞いてやる。が、代わりにちょいと面貸せや」

 この流れは、もしかしなくても、あれだ。わたしここにいたら確実に危険じゃないか、よろめきながら立ち上がって、先刻レイヴンが潜んでいたような茂みに身を寄せる。一歩動くのが大変で、半ば倒れ込むようにして腰が落ちた。やば、これダングレストまで帰れる気がしないんだけど。

「あちゃー、こんな時にじいさんの悪い癖が……」

「なにそれ?」

「骨のありそうなの見つけるとつい試してみたくなんのよ」

 茶髪の少年少女の疑問に、レイヴンがドンの変わりに答えた。ドンが試したいもの、それは、腕っ節。つまるところこれからドンとユーリは一戦やらかそうというわけだ、いやぁ血の気の多いことで、多分今のわたし血が足りてないからそれちょっと分けてほしいくらいだよ。
 危うく巻き込まれかけたレイヴンは全力で拒否して逃げ出す、彼が逃げ出した方向はまたしても安全圏っぽい茂みで、そこに座り込んでいたわたしと、レイヴンの、目と目があった。恋に落ちる音はしない。
 多分、わたしよりもレイヴンにとって息苦しい沈黙。少し離れた場所ではドンとユーリが戦う騒がしい掛け声やら音やらが聞こえてくるけど、わたしとレイヴンとの距離だけは完全なる沈黙なのだ。

 息苦しかったろうに、沈黙することを止めたのはレイヴンの方が先だった。


「えーと……久し振り。元気してた?」

「目、取り換えるした方がいいな、レイヴン。節穴」

「それもそうね。…酷い怪我だ」

「平気」

「痛くないから?」

「ああ」

「まったく、相変わらずなんだからみうちゃんは。ほれ、おっさんの愛よ、受け取んな」

 投げ渡されたアップルグミ。受け取るために腕を上げるのが億劫だったので宙に舞ったそれを直に口でキャッチして咀嚼した。「器用ねぇ」との褒め言葉に、「だしょ」と返しておく。うん、アップルグミ、美味しい。そして、眠い。

「ちょ、みうちゃ……っ!?」

 わたしはドンとユーリの戦いの結末を見届けることなく、ぱたりとその場に倒れ込んだ。途端にどっと押し寄せる眠気。睡魔が手招きしてる、ちょっと待って今そっち行く。取り乱したようなレイヴンの声が降ってきて揺すられるけど気にしない気にしない、返事なんて返してやるだけ体力が持っていかれる、ちょっとこのまま休ませて。
 そうそう、戦いの結果なんて別に見届けるまでも無いよね、決まってるじゃない、ドンが勝つに決まってる。だってあのユーリって人がどれだけ強くても、ドンはべらぼうに強いもの。だから、ドンが勝つ、というわけでおやすみなさい。



110807


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