Mement mori | ナノ

【無茶の出番】


 


 ドンやハリーと共に、粗方目に入る魔物を掃討した頃、視界に入った輝く輪。「結界が…戻った」息を切らしているわたしの代わりに誰かが呟いた。何がどこでどうしてどうなったのか、取りあえず結界は元通り街を囲っている。
 段々と劣勢と感じてきたらしい魔物の生き残りたちは次々街の外へと出て行った。巣に帰ったのだろう。騎士団は何をするのかと思えば結界の外にいる魔物を討伐するつもりでいるらしいとの報告を誰かがドンにしているのを聞いた。外にもまだ、魔物がいたのか。騎士団が片付けてくれるにしろ、気が遠くなる。今までの襲撃とは比べ物にならない数だ。

「潮時だ…みう、巣を叩くぞ」

「森、だな」

「ハリー、おめえは街に残った奴らを頼む」

「分かった、任せろ」

 頷いたハリーは、未だ戦闘の音と思しきものが聞こえる方へギルド員と共に駆けて行った。それを見送ったドンは「一網打尽にしてやろうぜ」と言って獰猛な笑みを浮かべる。わたしの知る常識の範疇では老いぼれはそんな顔しない。

 名誉なことにドンのお供となったわたしと数人の仲間は、息一つ切らさないドンについて街の南西へと走る。すごいな、わたしも基礎体力作りを怠ってるわけじゃないんだけど、この先何年かかってもドンに追いつける気がしない。今はとにかくその背中から引き離されぬように、必死に足を動かして地を蹴った。

 森に近づくにつれて雨が降ってきて、足場がぬかるむ。うわ最悪、余計体力削られる。






 ケーブ・モック大森林に立ち入るのは初めてで、正直驚いた。樹、大きすぎないですかこれ、軽く屋久杉とか越えるくらいの大きさはある。驚きつつも呆けている暇などなく、やっと追いついた魔物の群れと対峙する。観念したのか、奴らもこれ以上逃げる事をせずに、戦う意思を見せた。瞳が凶暴にぎらついている、これが殺気か。さてここからが正念場、街に侵入してきた魔物の数の比じゃないよ、これ。
 けどわたしにも意地ってやつがあってですね、ここで退くわけにはいかないんだ。ドンと一緒に依頼をこなすなんてことなかったし、すぐ傍で戦うなんて初めてのこと。やっと役に立てるかもしれないんだ、わたし。

「無茶すんじゃねえぞ」

「じいさんも」

「言うようになったなぁ」

「みんな悪いからな、口」

 ドンやわたし、仲間達が囲まれぬよう四方八方に散る。彼らはわたしが支援タイプだということを知っているから、絶妙な位置取りだ。実戦経験が豊富な人と一緒だと戦いやすいのって本当なんだな、改めて思い知る。
 ざっと見当たるのは虫、蝙蝠、花、みたいな魔物。虫と蝙蝠は飛んでるから“土竜なり”も当たらないか(あれから練習して使いどころとタイミングも弁えてます)。まずは敵の数を減らすこと、幸い数が多いので適当に射ても命中しそうな勢いだ。しかし矢には限りがある、補充したといっても、ここにいる全ての魔物に一本しか使わないとしても間に合いそうもない。
 だがわたしは一人じゃない、既に切り込んでいたドンは鬼神の如き強さを発揮している。「お嬢、援護だ!」あちらはドン一人でも大丈夫だろう、援護要請があった方を優先し、気を引き締めて弓弦を引いた。放った“時雨”は一直線に蝙蝠の頭部を貫く。絶命。次に射たのは虫の羽、硬そうな頭部はなかなかに貫けそうもないので、羽に穴をあけ地に落ちた所を他の誰かに片付けてもらおうという寸法――よし、ナイス。予め仕掛けておいた “土竜なり”が発動し起爆。森では保護色にもなり擬態出来る草の魔物が見事に罠の上に乗ったのだ。すかさず剣に切り替え、さほど硬くない胴体を切り裂いた。そのまま接近していた虫の攻撃を受け止め、弓に戻しつつ後ろへ下がる。わたしと魔物の間に誰かが割り込んでくれた隙に、意識を集中させた。「聖なる活力、来い!」ファーストエイドを唱え前衛で戦ってくれている彼らを回復。息を吐く間もなく目に入ったのは滴る血。自分のものだった。先刻からちまちま攻撃を食らっていたらしいことに気付いたわたしはグミを口に含んだ。痛くないっていうのは便利だけど不便、自分のダメージに気付けないんだもの。

「風よ来い、取りあえず切れ―――ウィンドカッター!」

 詠唱が適当だって、そんな文句はわたしの師匠に言ってほしい。彼曰く詠唱は気持ちの問題らしいから。
 魔物の死骸が積み重なる。だが、減らない。非常に疲れるけど後悔はしない、あの日レイヴンに戦う力が欲しいって言ってよかった、戦い方を教えてもらってよかった、武醒魔導器を貰えてよかった。だってこの力がなかったら、ドンたちがこんな修羅場にいる時わたしはダングレストでずっと待ってなきゃいけないんだよ。そんなの絶対、嫌に決まってる。
 ドンの背後から忍び寄ろうとする草の魔物を、思い切り横凪ぎに切り付ける。「回れぇっ!」レイヴンがこの技を使う時は短刀の方を使うけど、この剣でも出来ないことはないのだと教えてくれた。目を回したらしい草はそのままドンに薙ぎ払われた。一瞬だけドンと目が合う、何だか礼を言われたような気がした。けして緩んでいたわけではない気が引き締まる。

「う、っ」

 不覚にも正面から受けた衝撃に呻く。また新手の草の逆襲を食らった。痛みが無いのに息が詰まる苦しさというのは変な感じだ。浮き上がった足をそのまま跳ね上げて相手を蹴り飛ばし、不安定な体勢ながらも弓に変形させ番えた矢を射る。命中。
 矢の残り数が少ない、無駄にした覚えはないけど無駄遣いは控えなければ。




 数えきれないほどの魔物を倒しても尚、戦いに終わりは見えない。流石のドンも息が上がってきたようで、「年はとりたくねえもんだ」なんて冗談交じりに言う。ドンが息切れしてる時点で立っていられるわたしすごくね、って思うけど、意識してしまえば足はがくがく震えて、それこそ立っているので精一杯だった。雨の所為もあって体力が極端に削られるというのもあるだろうけど、グミを抓む指先すら震えてるとか情けない。
 たくさん買っておいたにも関わらず、アップルグミは今ので最後。オレンジグミはとっくに使い果たしていた、あと何度か回復術を使うだけで精一杯だろう。

 流石にもうやばいかな、と思い始めた時、じりじりと距離を詰めてきていたモンスターたちの動きが止まる。

 雨が、止んだ。


 生き残っていた魔物たちは何故か踵を返し森の奥の方へと逃げて行った。気の所為か宿っていた異常なまでの凶暴さが、去り際には鳴りを潜めていたような気がする。

「終わった、のか?」

 誰かの呟きを切欠にして、わたしたちは、そしてあのドンまでもが、地に膝をついた。濡れた草から水が染みてきて気持ち悪かったけど、いっそこのまま倒れ込んで眠ってしまいたいくらいだ。



110807


maeTOPtugi