Mement mori | ナノ

【守りたい】


 



「じいさん! 書類を渡す終わったぜ」

「報告ご苦労。よく生きてたな」

「ただじゃくたばらなえよ」

 少々場違いな報告に、ドンは一瞬面食らったようだったが、わたしが笑ってみせるといつもみたいに頭をぐしゃぐしゃと撫でてくれた。もう片方の手に持っている片刃の剣から滴る赤やら形容しがたい液体で、彼がどれだけ戦っていたのかを悟る。ここの所魔物が街の傍までやってくることが多くなっているのだ、ドンも警戒していたに違いない。初めてのことじゃないからこそ、わたしも取り乱さずここまで走れた。

 きっとこれで終わりじゃない。多分、この次がある。今回街を守れたからと言って次もそうである保証はどこにもない。もしかしたら次回はわたしじゃ到底敵わないような強い魔物が来るかもしれない。
 どうしてこうなったんだろう、少し前まで魔物がわざわざ群れを成して街の傍まで来ることなんてなかったはずなのに。

 何か、よくないことが、起こる。いや、現在進行形で起こっている。あの日、レイヴンがダングレストを出た日に感じた不安が、段々と形になってきているようで、気持ち悪い。


「……じいさん、魔物、逃げたのが森の方」

「ああ……いざとなったら、巣を叩かないと意味ねえな」

「その時、わたしも一緒する」

「おう。頼りにしてるぜ」

 本当はまだまだドンに頼ってもらえるような立場じゃないけど、そんなドンの軽口が嬉しくて、わたしはまた笑った。
 ドンがダングレストを守りたいというのなら、わたしだって守りたい。たくさんお世話になったし、たった一年分だけど、それだけの思い出が詰まっている街なんだから。何より、わたしを孫と言ってくれたドンに少しでも恩を返したい。自己満足なのだろうけど、この気持ちだけはどうしようもなさそうだ。

「てめぇら、またいつ魔物の襲撃があるともわからねえ。もしもの事を想定して各々準備を怠るんじゃねぇぞ、いいな!」

 鼓膜をびりびりと震わすドンの怒号は、結界の外に出て魔物と戦った人々全員の耳へ届いたことだろう。威勢のいい返事がそこかしこから上がった。わたしは声を出さずに一度だけ深く頷く。わたしも新米と言えどギルド“天を射る矢”の一員。ドンの前でその掟に誓いを立てたのだから背くことは絶対にしない。……という建前を無しにしても、わたしの思いは決まっていた。

 守りたい、なんて、柄じゃないかもしれないけどさ。

 欲張ることはしない、こんな小さい手じゃ欲張っても全部取り零すのがオチだし。でも決めた、もう決めていた、せめてわたしのだいすきな人だけでも、この身と引き換えにしたっていいから守りたい。幸いわたしには痛みがないから、その点では人よりも得していると言える。
 精々グミを貪りながらだいすきな人たちの盾になろう、この人に傷つけたきゃまずはわたしを倒しなさい、みたいな芝居がかった台詞も練習しておこうかな。ま、冗談だけどね。



110807


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