Mement mori | ナノ

【グミなら持ってます】


 


 レイヴンがダングレストを発って何日が過ぎただろう。数えるのも面倒なので、わざわざカレンダーに印を付けるなんて女々しい真似はしていない。というよりも、そんなことをする暇がないくらいに忙しいのだ。
 幹部不在の穴埋めが部下に回ってくるのは当然のことで、ドンは普段レイヴンに任せていただろう重要書類をわたしに投げて寄越してくる。それをわたしがどうこうするわけではないのが救いだ、すべきことと言えばその書類を他のギルドの人の所まで届けることとか、そのくらい。大事な仕事だから、手は抜かないけど。

 遺構の門のギルド員の人に書類を確かに手渡し、あとは本部にいるドンに報告するだけ。最近、五大ギルドの紅の絆傭兵団(ブラッドアライアンス。もうちゃんと言えるようになったんだよ)がユニオンにとってあまりよくない動きをしているらしく、ハリーや他の仲間に聞いたところだと、そのギルドのボスの何とかっていう人が、ドンを蹴落としてユニオンの頂点に立とうとしているのだとか。そのボスさんがどんな人かわたしは何も知らないけど、それだけでその人を好きになれない理由が出来た。ドンの敵はわたしの敵だ。そいつの所為で忙しいのも少なからずあるみたいだし。
 気に食わないけど、もしも万が一直接対峙することになってもわたしじゃ勝てないよね、何たって傭兵団のボスなんだから強いに決まってる。なら、もっと強くなって、せめてドンの盾にはなりたいな、そう思って、空を仰いだ時のこと。
 カーンカーン、甲高い警鐘が繰り返し響く。このあまり長い間聞いていたくない音の意味する所は、魔物の襲来。頭が理解するよりも先にわたしの足は駆け出していた。ユニオン本部へ向かっていた身体は回れ右、結界から離れるよう走り逃げている人々の波に逆らう。こういう時思うのが、魔狩りの剣とかいうギルドの人たちがここにいてくれたら喜んで魔物退治してくれそうだな、ってこと。彼らはユニオンに参加してないけど魔物を相手にした戦いの知名度は相当のもの、ああでも、首領の人がギルドの精鋭を連れてダングレストを離れ魔物退治に向かったと聞いた。どうであれわたしはいつの間にかこういう時に黙っていられない質になってしまったので、速度を緩めず走り続ける。

 途中、ハリーを含めた天を射る矢の仲間と合流した。

「みう!」

「ハリー、もうそこまで、来た!」

「分かってる。さっさと片付けちまおう」

 橋のすぐ手前まで来ているのは猪だの蜥蜴だの虫だの蟹だの、わたしに言わせればそんな形をした魔物たち。街は結界が守ってくれる、ならばギルドであるわたしたちは、街の人が安心して暮らせるようにその不安を拭わなければいけない。天を射る矢の掟を胸に、わたしは弓を構えた。

「みう、援護頼むぜ」

「頼りにしてるよお嬢」

「あいよ」

 ギルドではお嬢、なんて呼ばれてるわたしは緩く笑って返し、矢を番えた。やっぱり接近戦は慣れないから、中距離からの援護、回復、そして多少なら使える魔術での攻撃。魔術の方が正直接近戦より苦手なのは内緒。
 わたしの戦闘能力を一番引き出せるのが弓矢を使ったもの。番えた矢に力を収束させると薄く光を帯びる、放つのはもちろん時雨。
 一直線に飛んだ矢はハリーの横から迫っていた虫の複眼に突き刺さり、耳障りな断末魔が上がった。……あの虫、立派な角があるし同じ虫同士で虫相撲とかやったらどうなるかな、なんて考えてる場合じゃない。ハリーは地に落ちた虫を一瞥もせず剣を振るっていた。それはわたしの腕を信頼してくれている証拠だった。
 矢の無駄遣いは出来ないのである程度近づいてきた敵は剣に切り替えて攻撃する。ぐるりと身体を回して遠心力を乗せた幾重もの斬戟、正に“舞うが如く”、ってね。
 囲まれないように気を配りつつ、一定の距離を保ち、ダメージを受けた仲間の回復も忘れない。大丈夫、やれる。これくらいの魔物の群れなら、油断さえしなければ勝てる。念には念を入れて、まだ教わったばかりの“土竜なり”を仕掛け、間合いに保険をかけた(実はこの技をしっかり発動できたことはないんだけど)。少しずつ、だけど着実に魔物の数は減っていく。「聖なる活力、来、っ!」しまった。わたしとしたことが背後から迫る虫の羽音に気付けなかったなんて、鋭い角が肩のあたりを裂いた。ちくしょう、お前なんか後で虫の標本にしてやるんだから。「華麗に!」レイヴンの掛け声を真似してみた。甲虫のそれが真っ二つになってしまって、どう頑張っても標本にはできそうになくなった。結果オーライ。





 全てを片付けるのは出来なかったものの、劣勢を悟ったのか残った魔物たちは退いていった。あの方向は、たしか、ケーブ・モック大森林、だっけ。

「無事か、みう」

「平気」

「ちゃんとグミ食っとけよ」

 自分だって満身創痍の癖に、ハリーは無理やりわたしにアップルグミを押しつけて仲間が無事であるかどうかの確認に行ってしまった。わたしだってポーチにたくさん入ってるんだけどなぁ、グミ。わたしには治癒術が効かないので(ついでにレイヴンの“愛の快針”も効かない)、実質戦闘中の回復手段はグミ以外にない。だから人よりもたくさんグミを持ち歩いているんだけど、今回の戦闘で相当減った、また買い足しておかなければ。
 見回す限りでは、周囲に怪我人はあれど命を落とした人はいないようだった、一安心。

 不意に目に入ったのは一際大きな人影、見紛うはずもない、ドンだ。彼も戦っていたのか、それは当然だ、ドンにとってダングレストは守るべき街と人だ。あの人は誰かのために戦える、強くて優しい人だから。わたしは気が抜けたのか笑いそうになる膝を叱咤してドンの方へと駆け寄った。



110806


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