Mement mori | ナノ

【出会ってみる】


 


 特に仕事も何もない日。レイヴンはといえば昼間(といってもやはり夕方)から酒場に入り浸って綺麗なお姉さん方に囲まれていることだろう。わたしが彼の部下だとしてもそれに同席してやる義理はない。
 目的も無くダングレストの街をぶらついて、ふと目に入ったのは花屋さん。並んだそれらの紅い色に誘われるようにしてわたしはそちらへ進んでいく。「いらっしゃい」愛想のいいお姉さんの声が聞こえた。軽く頭を下げて目を引いた紅を眺める。キルタンサスだ。

 大して思い入れがあるわけでもないのに、その赤をぼんやり眺めていると、後ろから聞いたことのない声がかかった。

「その花がお好きなのデスカ、レディ」

 驚きに振り返るとそこにいたのは上下青一色で揃えたいかにも伊達男といった風貌の人物。にこにこと人の良さそうな笑顔は顔に貼り付いているかのように安定していて、何だこの人、レイヴンとはまた違った方面で胡散臭い。
 何故声をかけられたのかもわからずぽかんとしたまま数秒が過ぎる。ふふ、と笑いを零した彼はこつこつと足音を鳴らし、わたしの隣に立った。

「ソーリー。後ろ姿が知り合いにルックライクだったもので。つい声をかけてしまいマシタ」

「似てた、のか」

「それはもう。一瞬ブレスをフォーゲットしてしまうところデース」

 わたしの言葉も不格好だろうけど、この人の話し方も相当変わってると思う。日常会話なら何とか交わせるようになってきたわたしにとって、彼の話し方を解するのには結構時間がかかる。ええと、一瞬、息をするのを忘れてしまうところでした、であってるかな、多分。
 青っぽい色のおかしな髪型をした伊達男さんは、わたしと同じようにキルタンサスの花へ目を向けた。彼もこの花が好きなのだろうか。

「キルタンサスが、好き?」

「イエス。マイフレンドもベリーライクと言ってくれマシタ」

「ふぅん……綺麗だからな、この花」

「ふふ…センキュー」

「どうしてあんたは礼、言う?」

「何となく、デース」

 おかしな人。道化ているのか、それとも元からその振る舞いなのか、想像もつかない。
 その人は花屋でキルタンサスの花束を購入して、わたしは何も買わなかった。花屋のお姉さんにちょっと申し訳なくなったけど、わたしそこまで余裕あるわけじゃないの、まだお金貰うのだって抵抗残ってるし、それにいざという時のために溜めておいたら助けになるかもだし。
 お姉さんにガルドを渡してる伊達男さんを尻目にわたしはまたふらふらと歩き出す。ダングレストに住み始めて結構経った今でも街を全部見て回ったわけじゃないし、わたしにも冒険したくなる時くらいあるのだ。



 どこぞの鴉さんみたいにふらふらと歩き続けて、辿り着いたのはまだ夕日が出ているのに薄暗い路地。ダングレストのいいところは、ユニオン本部が大きいので迷子になったかと思っても頑張れば家に帰れるとこだ。
 でもそろそろ引き返さないと帰るまでに時間がかかってしまいそうなので、足を止めて本部の位置を確認しつつ元来た道を引き返そうとした時。

「ようお嬢ちゃん、こんなところで一人かい?」

 非常に既視感を感じる。わたしが歩いてきたはずの道に立ち塞がるのは、体格のいい柄の良くない男が数名。なんでこんな在り来たりな誘い方しかできないのかしら、もっと捻った方がいいと思うよ、詰まらない。
 数本の矢と一緒に身に着けていた剣が腰にあることを確認して、わたしは振り向く。剣を握り、下卑た笑みを浮かべながらこちらへ近づいてくる男に牽制攻撃を仕掛けようとした刹那のこと。

「ぐ、ぁああっ!」

「!?」

 男がいきなり呻き声を上げたので、思わず飛び退いて距離を取る。なんだなんだ何事だ、わたしはまだ手を出していない。
 冷静になって状況を見れば、男の背後には青い人影があった。その人は、器用にも片手で男の腕を捻り上げている、うわ、痛そう。

「いけませんね。レディのエスコートには少々品がロストしているのではないデスカ?」

 ついさっきすぐ傍で聞いていた声だ。もしやと思えばやはりその人が、片手に赤い花束を抱えたまま唇を不敵に歪めていた。

「まったく、同じジェントルマンとして恥ずかしいデース」

 彼は大袈裟な身振りで嘆いてみせた、が、不意に目に入った彼の表情は、それを向けられた彼らではないわたしが見ても背筋が粟立つようなものだった。その微笑はまるで蛇のよう。ぞくり、落ちついていられない何かをわたしが感じたように、男たちも間近でそれを感じ取ったのか足早に去っていった。

 不要になった剣を仕舞うことも忘れ、短いのか長いのかも分からない時間彼の姿を見詰めたまま動けなくなった。止まったわたしの時を動かしたのは、「さて、」という彼の静かな声。既にあの人を不安にさせるような表情は鳴りを潜めている。

「いけませんね、レディ。一人でダークなルートをウォーキングなんて、デンジャラス」

「……平気、だ。これ、あるから」

 切っ先を向けないようにして剣を突き出し、握りのレバーを引く。音を立ててそれは弓になった。こんな変わった武器を見たことがなかったのか彼は驚きに目を見開く。ノリで弓にしてしまったけど普段身につける時は剣のままにしてあるので、もう一度指を動かして剣に戻し腰に括る。わたしがこんな武器を持っていたことにそこまで驚いたのか、伊達男さんはそれこそ呼吸を忘れたかのように動かずにいた。わたしが固まった次はこの人か。
 流石に心配になったわたしは、瞬きもない彼の目の前で数度手を振ってみた。

「おーい、平気か?」

「……ソーリー。ユーがバトル出来るというのは少々サプライズでした」

「失礼ね」

「ソーリーソーリー、怒らないでくだサイ」

 彼がかぶりを振って言うと同時にわたしの眼前に広がる、いくつもの紅。鼻孔に流れ込む甘い香り。鼻先に差し出されたのは、キルタンサスの花束だった。

「どうぞ、お受け取りくだサイ、レディ」

「えっあ、どして」

「いやぁ、差し上げようと思ったらユーの姿がルック出来なくて驚きました。でもこうしてファインドできましたので、プレゼントフォーユー」

 にこりと微笑んだ顔に気圧されてついつい受け取ってしまう。今度は怖かったわけじゃない、むしろ悪意なんてそこにはなくて、だからこそ、受け取って、口からは自然に「ありがと」が出てきた。

「ユアウェルカム」

 多分、どういたしまして、って言われた。わたしに花束を押しつけて満足したのか、青色の伊達男さんは表通りまで一緒に歩いていくと「シーユーネクストタイム」なんて言って人込みに紛れて行ってしまった。追いかけようにももう青い背中は見えないし、追う理由もなかった。
 疑問は残ったけどね、どうしてこの花をわたしにくれたのかとか、大きな疑問なのにわたしがいくら考えても答えが出ない質の悪い疑問だ。

 取りあえず本部に帰る前に、この花が綺麗に映えるような花瓶を買おう。結局花より高い出費になってしまったことに気付いたのは部屋に戻って花瓶に活けた花を眺め満足した後だった。


110805


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