Mement mori | ナノ

【初めての帝都】


 


 ギルドにおけるわたしの主な仕事。魔物退治など簡単な依頼の手伝い。それから、幹部であるレイヴンの補佐。
 で、そのレイヴンの主な役割はといえば、ギルドと帝国との交渉の参謀。ドンの右腕として各地を巡り、帝国騎士団の動向を探っているんだとか。実は凄い人だったんだ、レイヴン。
 聞いた話によるとギルドと帝国はあまり仲が良くなくて、帝国は法で統治されてて、その法の支配から脱した人々の互助組織がギルドと総称されているんだって。帝国は帝国の法によって色々決めごとが成されていて、帝国騎士団が市民の安全を守っている……日本で言う自衛隊みたいなものかな。

 難しいことは抜きにして、わたしはレイヴンの補佐として現在帝都ザーフィアスなるところに来ている。
 ここまでダングレストを離れたことは初めてだ。何に感動したって、空の色。まずダングレストを出て東に進みヘリオードとかいう新興都市を素通りした辺りでは既に空の色が変わって、でも曇り空。そこまでは見たことがあったけど、カプワ・トリムっていう港街に着くともう空は青かった。青い空を見たのはこの世界に来てから初めて。大体半年ぶりくらいだった、こんなに青い空を目にするのは。
 港で船に乗って、イリキア大陸に渡りカプワ・ノール。それからハルルというでっかい桜みたいな樹のある街を経由して、更にデイドン砦という所を通って、やっとザーフィアス。遠く離れた所にお城が見える、ダングレストと比べて結界魔導器の輪も多かった。

 レイヴンは噴水みたいなところでわたしに「ここで待っててちょうだいね」と言ってどこかへ行ってしまって、手持無沙汰になったわたしは噴水の縁に腰かけ飽くことなく空を眺めている。うん、いい天気。


 どれくらいそうしていたのか、流石に空を仰ぐ首が痛くなってきた所で、どこからかがしゃがしゃと金属のぶつかる重々しい音が聞こえてくる。何事だ。
 音のする坂の上の方から走ってきたのは黒い人。黒い長髪を靡かせて、顔立ちも綺麗だから女の人かと思ったら、よく見たら大きく開いた胸元から覗くそれは平らだった。ちょっと残念。
 切羽詰まった様子のその人は右手に何かを持っていて、余程全力で走っていたのか、わたしの前を通り過ぎようというところで手を滑らせ持っていた何かを落っことす。ほとんど条件反射で目の前に振って来たそれを受け止め、落としましたよみたいな感じで返そうと慌てて振り返った彼に渡すため手を伸ばす。その時。

「ユーリ・ローウェルー!待つのであーる!」

「むむ、奴め、仲間と合流したのだ!」

 橙色の甲冑を着た二人組が、こちらに向かって突っ込んでくるではないか。嫌な予感がする。

「……わり、巻き込んだ」

 まじか。



 その後わたしはしつこく追いかけてくる二人の男(長身痩躯と短身太躯の人。恐らくあれが騎士)から、手を引かれるままに逃げ回り、日が傾く頃には何とか撒いたようで、上がる息を整えるのに必死だった。わたしを巻きこんだ黒い人は、仲間と勘違いされる前も結構走ってただろうに、息一つ切らすことなく「やれやれしつこい奴らだ」なんて、まったくの余裕。解せない。

 薄暗い路地裏から出てさっさと噴水の所に戻らないと、レイヴンが探してるかもしれない。ずっと持ったままだった、よく分からないアクセサリーみたいなものをさっさと黒い人に渡して、元いた場所に戻ることにする。「あ、おい」思い出したように肩を掴まれ、振り向くと、そこにあったのは不敵に笑う美人顔。ほんと、綺麗な人。声は低いしやっぱり男なのが何となく残念。

「悪かったな、あんた。見ねえ顔だけど、名前は?」

「……先に、名前」

「おっと手厳しいね。オレはユーリだ、ユーリ・ローウェル」

「みう。大したものじゃない」

「でもま、何とかなってよかったぜ…お陰でこいつも取り返せたし」

 ユーリと名乗った青年は、わたしから受け取ったそれを眺めて息を吐く。ネックレスの、ようだった。

「大事にするものか、それ」

「ん、まぁな。オレじゃなくてあっちの方に住んでるおばちゃんがだけど」

「大事なら、取られるしないようにしねぇの?」

「貴族の奴らは、面白半分に何でも持って行きやがる……ったく、胸糞悪い奴らだぜ」

「きぞく……」

 坂の上の方には、この辺りよりも綺麗な街並みが広がっていた。更にその上には、大きなお城もあった。でもこの辺はいかにも下町といった感じで、活気はあれど生活が苦しそうに見える。きっと、上の方の綺麗な所に住んでる人たちはそんなの気にせず優雅な暮らしをしているんだ。ユーリの苦い表情を見ていれば何となく分かった。

 それが、帝国の法によるものなのか。法の支配から逃れてギルドに属する人の気持ちがほんの少しだけ理解できた気がする。わたしがここで深く考えてもどうしようもないので、そろそろ本当に戻らないと。

「ユーリ、わたし戻る」

「お、そうかい。一人で平気か?」

「平気、あっちだろ。じゃあの」

「ああ、今回はほんと迷惑かけた。じゃあな」

 ひらりと手を振るユーリと別れ、元来た道を辿り噴水の広場へ行きつく。案の定、そこにはレイヴンがいて、何だか焦った様子できょろきょろとわたしを探しているようだった。自然と小走りになる。
 駆け寄りながら彼の名を大きめに呼びかければ、こちらに気付いたレイヴンもほっと安堵した顔をした。

「何処行ってたのよみうちゃん、おっさん心配したのよ?」

「すまねぇ。面倒なもん、巻き込むされた。追っかけられるんだ」

「追われるって、誰に」

「橙色の鎧の人。あれ、騎士でしょ?」

「橙色の、ね……ま、無事でよかったわ」

 レイヴンは何故だか狼狽したような顔でわたしの頭に手を置いた。用事は終わったそうなので、今日は取りあえずデイドン砦まで行ってそこで夜を過ごすという旨だ。
 それにしてもレイヴン、明らかに頭を抱えたそうな様子だけど、わたしそこまで悪いことしたのか。確かに勝手に何処か行ったのは謝るけど、帝都を出るのにそんなあからさまにこそこそしなくたっていいじゃない。
 まるで誰かの目から忍ぶような仕草に、わたしは少し遠くからついていくことにした。だってあれじゃあ不審者そのものだもの。



110805


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