Mement mori | ナノ

【手合わせ】


 


 一カ月なんて長いようで短い。毎朝カレンダーに付けていた印はあっという間にその日に達した。

 毎日飽きることなく弓を構えてはレバーを引いて剣を振るっていたら、いつの間にか目の前にはレイヴンがいて、わたしの振り下ろした剣を軽く受け止めていなしたところだった。
 記憶を飛ばすのはよくない、集中。一カ月目の朝、つまり今日の早朝(といっても黄昏の空の下)、いつも通り空き地で剣の素振りをしていたら、ふらりとレイヴンが現れて「今日が約束の日よ」なんて。さて約束の一カ月目、何かテストでもするのかと思えばぎらりと夕日を照り返した何かが光る、それがいつかの魔物の牙に重なって、全身の毛が逆立ったわたしは殆ど本能で地を蹴って後ろに下がる。銀の軌跡は一瞬前までわたしがいたその場所を切り裂いた。

 これが、テストか。唾を飲み込んで改めてレイヴンを見据える。彼が手にしているのはわたしの手にしているのと同じものではなく、普段腰に差している短刀。短刀と変形弓、両方使えるレイヴンは相当手先が器用なんだろうな、わたしなんかよりもずっと要領がよさそう。

「ほら、かかっておいでみうちゃん」

 指先を曲げて、挑発するようにレイヴンがにやりと笑う。わたしはそれに乗るほど頭に血が上っているわけでもないので、軽く指先を動かして弓に切り替える。ひゅう、とレイヴンが感嘆の口笛を吹いた。
 遠距離と近距離で差が出るのはやはり近距離、わたしは相手なしに剣を振り続けただけだから、そこまで上達しているわけでもない。ならば、弓、矢じりは鋭いけど多分レイヴンなら大丈、夫!

 弓弦を引き、矢を射る。一本、二本、三本目と一緒に駆け出して、弓を振り上げる動作と同時にレバーを引き剣に切り替え振り下ろす。案の定軽々と矢を交わしていたレイヴンは短刀でわたしの剣を受け止めた。ぎちぎちと火花が散る、純粋な力での勝負はやはり不利、軽く力を抜いて噛み合った刃を滑らせ、また下がる。

「ふぅん、戦いの基本は出来てるみたいね」

 感心したようにレイヴンが呟く。また武器を弓の形状にしたわたしはその言葉に浮かれることはなく、どうしたものかと対策を練る。これはよくあるあれじゃないか、俺に一つでも傷を付けられたら認めてやろうみたいなイベント。はっきりとそう言われたわけじゃないけど、取りあえず当面はそれを目標としてやっていくことにする。
 かと言ってレイヴンに傷を付けるなんて出来るのだろうか、そこまで技術が磨かれたなんて驕るほどばかじゃないよ、わたしは。

「来ないならおっさんの方からいっちゃうよ、っと!」

「え、わ、わっ」

 全く読めない初動。軌道。いつもそうするような軽い足取りで、だけど速い。気がついたら充分に空けていたはずの距離が詰められていて、息が詰まる、咄嗟に指が動いて剣の形に変わる。ガキン、冷たい金属音。膝が笑いそうになるけど何とか耐える、負けるな、受け止めるんじゃない受け流すんだ。
 重心をずらすと耳によくない金属の擦れる音がして、また刃が滑る。

「やるじゃない」

「まともにして、勝てることない、」

「本能で分かるって奴。うんうん、戦闘じゃ重要なポイントよ、相手と自分の力量を推し量るってのは」

「褒めても出さない、何も」

 距離を開ける隙を作るために何本か矢を射る。狙いはぶれず全部レイヴンの方に飛んで、いや嘘、一本だけ明後日の方向に飛んでったけど、他は全部レイヴンめがけて。彼は今度はわざわざ避けたりせず、短刀で全部切り払って……まじか。
 あれよあれよという間に距離が詰められて、矢筒は空になって、背後には壁。どん、と背中が壁に当たる、喉元に突き付けられる刃。諦めの悪いわたしはこっそり指先で剣に切り替えて悪足掻きを試みようとするけど、それを察したのかレイヴンは空いてる方の手で武器ごとわたしの手を壁に押し付けた。ちくしょ、どうしてばれたし。

「最後に一つだけ聞かせて」

 最後ってことはわたし、不合格かな。あーあ、せっかくレイヴンがくれたチャンスだったのに、掠り傷も付けられなかった。頑張るだけじゃ駄目だったんだ、努力が足りなかったんだ。

「みうちゃんは、何のために戦う?」

 何のため。そりゃあ、戦えるのなら。

「守る、ため」

 自分を。誰かを。

「………そっか」

 喉元に突き付けられた短刀が離れ、レイヴンは紫の羽織を翻し武器を収める。自由になった手と彼の背とを交互に見比べ、不合格なら早いとこ武器を取り上げなくてもいいのかと首を傾げる。
 振り返ったレイヴンは笑顔だった、普段と変わらない胡散臭い笑い方。だけどわたしにとっては、それはとても安心する笑顔。ちょっとおかしいかもしれないけど。

「ま、そういうのもありよね。そんじゃ、先部屋に戻ってなさい」

 ひらりと手を振って去っていくレイヴン。あれ、武器持っていかなくていいの。


110804


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