Mement mori | ナノ

【修練の日々】


 



 来る日も来る日も矢を番えては弓を変形させ剣を振るう。レイヴンが手入れしてくれたこの武器、最初の頃より切り替えるタイミングも分かってきたし速度も上がった。でも全部独学、零からの出発だから相当苦労してる、これでも。

 わたしが戦う練習を始めたと知ったハリーはあまりいい顔をしなかったが、ドンは「てめぇのやりたいようにやれ」って言ってくれた、ちなみにレイヴンは素知らぬ顔。いい顔をしなかったものの止めたりせず「頑張れ」と言ってくれたハリー、もう、みんなだいすき。彼らのためにも途中半端で投げ出そうなんて考えは起きず、毎日食事をする間も惜しんで本部の傍の空き地っぽくなってるところで修練に勤しんだ。

 弓を取ったことが一度もないわたしはきっと形がガタガタだろうし、長い間剣を握り締めた手の平は気持ち悪いくらいに皮が剥けた。それでも矢は漸くまっすぐ飛ぶようになった、振るう剣の軌道もあまりぶれなくなった。進歩は、しているはず。
 弓から剣、剣から弓の操作も指の動きだけで出来るようになった、大丈夫、もっと頑張れば、たくさん頑張れば、結果はついてくる。だから頑張れ、自分。



 弓弦を引く。矢を射る。矢筒から矢を引き抜く。弓弦を引く。矢を射る。矢筒から矢を引き抜く。弓弦を引く。矢を射る。矢筒から―――矢がなくなった。練習を始める前にレイヴンがくれた矢を引き抜くための器具でもって、的となる板のそこらじゅうに突き刺さった矢を抜いていく。真っ直ぐ飛ぶようにはなったが、狙いが安定しない。剣によって手のひらの皮が剥けた左手、矢によって指の皮が剥け爪が割れた右手をぐっと握る。見てると食欲が失せるからテーピングはしてある、でも痛くない、まだやれる。
 矢をまた矢筒に納めて、元の場所に戻ってもう一回。矢筒から矢を引き抜く。弓弦を引く。矢を射る。矢筒から矢を引き抜く。弓弦を引く。矢を射る。「みう」矢筒から矢を引き抜く。弓弦を引く。矢を射る。矢筒から矢を引き抜く。弓弦を引く。「みう!」矢を射……た。レイヴンの声が聞こえる、どこから。

「まだやってたの」

 ユニオン本部の方からやってきたレイヴンは、呆れとも感心ともつかない調子でわたしに声をかける。

「部屋にいないからもしかしたらと思ったら。もう夜よ?」

 空を仰げば、黄昏は終わっていて、暗い。星空が綺麗、あの一番明るい星は何て言ったっけ。たしか、凛々の……忘れた。

「修行熱心なのはいいけど、そろそろ帰るわよ」

「え、でも」

「でもじゃない。休むのも大事な鍛錬、おわかり?」

「……おかわり」

 むっとして返事をしつつもレイヴンに従った。部屋に戻っても出来ることはある。切り替えの練習くらいならできるし、忘れちゃいけないのが国語のお勉強。そっちの方も忘れてませんとも、最近やっと文字を覚えて簡単な本なら読めるようになったんだ。絵本的な。


 律儀にもわたしを部屋まで送るレイヴン、さっき、はじめてわたしのこと呼び捨てにしてたように聞こえたんだけど、気のせいかな。それに心なしかどこか様子がおかしい、「んじゃまた明日」こちらに目もくれず片手をあげて背を向ける彼は明らかに変だ、いつものレイヴンじゃないというか、わたしの知るレイヴンじゃ、ないような。

「―――レイヴン」

「……なぁに、みうちゃん」

「平気、か?」

「何よ急に、おっさん具合悪そうに見える?」

「違う、レイヴン何だかおかし、」

「ほらほら、よい子はもう寝る時間よ。おやすみお嬢ちゃん」

 そこで話は終わり、とでも言うかのように、レイヴンはさっさと足早に立ち去る。もしもここでわたしは悪い子だから、とでも言い訳して後を追ったら何かが変わったのだろうか。踏み込まれたくないレイヴンの一面だったろうそれに、ずかずかと踏み入るのは何だか気が引けた。足は、彼を追うことをせず自室へと向かう。
 痛みなど受け付けなくなったはずの身体、胸の奥が痛んだ気がして、わたしは手帳を開くこともせず寝台に倒れ込んだ。眠気に襲われるのに長い時間は必要なかった。



(そっくりだった。俺じゃない誰かの記憶にあるその後ろ姿を、重ねてしまった)

110804


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