Mement mori | ナノ

【条件付き】


 


 それを言った瞬間、レイヴンは大きく目を見開いた。次に彼が言う言葉は見当がついてる。「何言ってんの、駄目に決まってるでしょ」ほら来た、予想通り。
 だけどわたしだって生半可な覚悟で言ったわけじゃない、その場のノリと勢いで言ったわけじゃない、はいそうですかって引き下がれるはずがないんだ。ここが自室ではなく本部の廊下だということも忘れて、わたしはその場に膝をつく。

「みうちゃ、」

「頼む。レイヴン、頼む。欲しいんだ。誰がわたしを守ること、しなくてもいいように。大事なやつ、助けるできるように」

 守られなくてもいいような強さが欲しい。そうして誰かを守れたらいい。さっきの治癒術がわたしに効かないのだとしても、使えたら、誰かを癒したりもできるだろう。頼む、わたしが覚えた言葉はきっと綺麗なものじゃない、だから敬語も何もないんだろうけど、床に手をついて頭を下げた。土下座。お願いします。
 最初は慌てていたらしいレイヴンだけど、やがて沈黙が下りる。これで駄目って言われたら、一人でどうにかしてやる。ドンは忙しそうだから駄目にしても、ハリーはどうかな、駄目元でいってみよう。それでも断られたら本気で一人でも何とかするしかない。元からその覚悟だ。

「―――はぁ。しゃあないお嬢ちゃんだね」

 溜息が聞こえて、わたしは身体を強張らせる。恐る恐る顔を上げると、レイヴンも屈んでいてすぐそこに苦笑があった。

「どうせおっさんが駄目って言っても、他の人に頼むか一人で何とかするか、でしょ」

「な、なんでそう思うんだ」

「分かりやすいのよ、みうちゃん。……ま、お前さんのことは俺様に一任されてるわけだし……よっしゃ、ついて来な」


 わたしの頼みごとを是か非か答えないままに、レイヴンは手を引いてダングレストの街へと繰り出す。仕事から帰って来たばかりなのに体力あるなぁ。導かれるがまま通りを歩き、辿り着いたのは一軒の武器屋。
 武器屋、ってことは、わたしが戦うことを許してくれるということか。でもレイヴンの様子はそれともまた若干違って見えるような。

 店に入ると「いらっしゃい」とお世辞にも愛想がいいとは言えない主人の声がかかる。レイヴンはわたしの手を話すと、その主人の方へ軽い足取りへ近づいていった。

「これと同じもの、まだある?」

 どこからか出した弓を主人に見せると、主人は「待ってろ」と言って奥へ引っ込んだ。なんだ、レイヴンは武器の新調にでも来たのか。わたしは手持無沙汰になって、取りあえず棚に並んだ色々な武器を端から眺めていく。
 様々な形の剣や斧に戦鎚、はたまた使い道に疑問が浮かぶ謎の武器。もしもわたしが使うなら、剣、だろうか。斧とか鎚とかはきっと重くて使えない。剣も、あまり長いものではなく短いもの、短剣あたりか。
 丁度目に入った短剣に触れようと手を伸べたところで、「終わったわよみうちゃん」レイヴンに呼ばれて、来た時と同じように手を引かれ武器屋を後にした。何のために来たの、わたし。


 一緒に連れてきた意図がわからない、と文句の一つでも言ってやろうと口を開きかけた瞬間、眼前に突き出されたのは一張りの弓。レイヴンが使っているやつだ。持ってみて改めて、わたしが知っている弓と違うことに気付く。握りのところにレバーがついていて、弓幹には刃。これをどうしろと、意図が分からずレイヴンを見遣ると、彼もまたこれと同じ形の弓を手にしていた。いよいよ訳が分からない。

「戦い方、知りたいんでしょ」

「あ、ああ」

「教えてあげないこともない。ただし、条件がある」

 レイヴンは珍しく真面目な顔つきで、手にしていた弓のレバーを手慣れた動作で操作する。金属と金属の噛み合う短く鋭い音がして、直後、彼が持っていたのは見たこともない奇妙な形状の、しかし紛れもなく剣だった。
 一拍遅れてそれが一瞬前まで弓だったものだと悟る。仕組みは不明だがその武器は弓にも剣にも自在に変形するらしい。先刻の金属音は変形する時の音だったのか。
 もう一度レイヴンが操作すると剣は弓に戻る。変わった武器だ。こういうの何ていい表わすんだっけ、ええと、そう。

「へんてこな弓」

「ヘンテコは酷いわおっさん傷つく!」

 ぽろりと零したわたしに対しレイヴンは大仰に嘆いてみせる。
 それも束の間、真剣な表情が戻った。

「一カ月。それまでにこの武器をちゃんと扱えるようになったら、おっさんが責任を持って手取り足取り教えてあげる」

「わ、分かった!」

「いい返事ね」


 制限時間は一カ月。わたしは部屋に戻ってからしばらくその弓を弄っていた。弓から剣へ。剣から弓へ。面白い武器だと思う。レバーはやりようによっては指だけで操作できそうだ。切り替えの練習だけなら、少しだけ自信が湧いた、手先の器用さには定評がある。
 レイヴンによると少々年代物らしいから、明日手入れしてくれるらしい。それが終わったら、本格的に練習を始めよう。せっかく彼がチャンスをくれたんだし、それを無碍になんてできない。

「レイヴン」

「ん?」

「ありがと」

「……あいよ」


110804


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