Mement mori | ナノ

【渇望】


 


 本部の出入り口付近で待っていたわたしは、夕日の中から漸く現れたレイヴンのその姿を見て、ひ、と小さく引き攣った声が喉の奥から漏れた。血が出て、レイヴン、腕が真赤、痛そう、なのになんでそんな笑っていられるのどうしようレイヴン血がたくさん出てる、どくんどくんと自分自身の鼓動が強く胸の内を叩く。苦しい。
 頭の上に乗せられるもう慣れた重量感。事あるごとに彼はそうやって、頭を撫でてくれる。大方そうすることでわたしが落ちつくということを理解した上での行動なのだろう。

「そんな顔しなくても大丈夫よ、今治癒術師が来てくれるから」

 程なくしてやって来たのは、杖を持った人、ユニオン本部にいることから恐らくギルドの構成員だろう。大きく切れたレイヴンの右腕に手を翳し、何かを唱える。「ファーストエイド」ふわり、柔らかい光が真赤な傷口を包んで―――傷は、消えた。わたしの唇からは感嘆の声が漏れる。驚いたのはわたしだけだったみたいで、その治癒術師の人は次の仕事があるらしくさっさと走り去っていってしまった。

「ね、大丈夫だったでしょ?」

 いつの間にかわたしはレイヴンの紫の羽織を強く握っていて、彼の同意を求める言葉に肯定も否定もできずにいる。傷は塞がったけど、引き裂かれた羽織はそのままだし、その周囲に付着した血も、まだ乾ききっていないのがわかる。

 わたし、ばかだ。この世界で初めて出会ったのは魔物の脅威だったじゃないか。それを身を持って思い知らされたじゃないか。もう塞がった腹の傷が、感じないはずなのにずくりと疼いた気がした。
 そうだよ、この世界には魔物がいる。最近魔物が多くなってきたから天を射る矢も魔物討伐に行ってくるんだってレイヴンが出かける前に言った。それを見送ったわたしは何を考えていた、『早く帰ってくるといいなぁ』だなんて。ばかすぎる、ばかにもほどがある。
 絶対帰ってくる保障がどこにある。レイヴンは人だ、ドンもハリーも。わたしから見たら戦う力がたくさんあるように見えるけど、ひと。人間。人間は死ぬ。簡単に死んでしまう。レイヴンがそうならないという保障なんてどこにもない。ないのだ。

 それに気付いてしまった今、奥歯がかちかちと震え鳴るのを止められない。こわい。こわい、レイヴンが、帰ってこなかったら、そんなの考えたくない、でも考えるとこわい。こわくてこわくてたまらない。

「みうちゃん、顔、真っ青よ」

「れい、ぶん、だってわたし、わた、し」

「そんなにおっさんが心配?」

 心配に決まってる。ぎゅ、と握り締めた指は、真白になっていた。
 震える唇から生まれようとしている言葉は喉で何度もつっかえた。でも、いずれは言おうと思っていたこと。それがほんの少し早まっただけ。先日の件があってから何度も考えた、ハリーに上の空だって呆れられるくらいたくさん考えた。多くは望まない。

 だけどどうか、せめて。

「わたし、戦う力、ほしい」

 大切だと思う人を、守る力が欲しい。


110804


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