Mement mori | ナノ

【外に出た】


 


 ダングレストの街は赤い日に照らされて、幻想的だった。永遠の黄昏の街って呼ばれてることもハリーが教えてくれていたので、納得。部屋から街並みを見下ろすのと街の中に実際に立ってみるのとでは随分違う。
 物珍しい建物やら何やらをきょろきょろ見上げて、ちょっとした観光者の気分だ。観光どころか、今はドンの許可もらってこの街に住んでるんだよね、わたし。何だか不思議。

「ようこそ、永遠の黄昏の街へ!」

 手を引いて歩いていたレイヴンが、突然足を止めて声を上げる。いきなりの言動に呆気にとられて、わたしはきょとんと首を傾げることとなった。気がつけばいつの間にか大通りみたいな、広い通りに出ていて、ダングレストってすごい、やっぱり広いんだ。
 何てことを考えてはいたけど、目線はレイヴンに釘づけのまま。がしがしと頭を掻き乱して、何かを思い出すように真赤な空を見上げた。

「なんてね。昔、おっさんが初めてここに来た時、誰かに言われたのさ」

「レイヴンが来た時……」

「そそ。すごいわよね、夕方と夜しかこないなんて。おっさんも最初ぶったまげたわー」

「え、全部これじゃねぇのか?」

「そうねぇ、この辺だけよ。ちょっと離れたら普通に空は青くて、朝も昼も来るし」

 手帳、持ってくればよかった。わたしはてっきり、このテルカ・リュミレースという世界には夕方と夜しかないものだとばかり思っていた。でもよくよく考えてみれば、このことを教えてくれる時ドンもレイヴンもハリーも『ダングレストには夕方と夜しかない』って、ダングレストに限定した話し方で説明してくれていたっけ。わたしの早とちりか、そうか。

 レイヴンが初めてここに来た時も驚いた、ってことは、彼はダングレスト出身じゃないってことだよね。それが少し意外で、じゃあどこで、って考えるけど分かる筈もなかった。
 以前彼に貰った世界地図によるとこの世界は主に、イリキア大陸、トルビキア大陸、ユルゾレア大陸、デズエール大陸、ヒピオニア大陸、ウェケア大陸、六つの大陸から成っていて(よし覚えた)、ここダングレストはトルビキア大陸にある。
 彼がダングレスト生まれじゃないとしたらトルビキア大陸にある他の街か、他の大陸のどっかで生まれたんだろう。特に追求すべきことでもないから聞こうとは思わないけど。

 だってレイヴン、自分の話題になると嫌そうにはしないけどいつの間にか話題が違う方向に逸らされたりするもの。きっと、聞いても無駄。

「で、飛び出してみたはいいけど、どっか行きたいとこある?」

「オレに聞いても、仕方ねぇ」

「だよね」

 何せ街を歩くのは初めてなので。









 カラン、と音を立て扉が開いて、そして閉まる。わたしがレイヴンに連れられてやってきたのはいかにも、といった感じの酒場だった。酒場。普通観光客も同然な初めて街を歩くような人間をそういうところに連れていくだろうか。少なくともわたしなら連れていかない。
 天を射る重星。看板にはそんな風に書いてあったからそれがこの酒場の名前。案の定というか、酒場はたくさんの男の人たちで賑わっていた。ちらほら女性の姿も見える。
 この人たちの大半はギルド構成員なんだな、と半ばレイヴンの選択に対して逃避的な思考に徹していると、こちらに近づいてくる人がいた。香水の匂い、ちょっときついけど、綺麗な女性だ。

「あらレイヴンじゃない久し振り。もうドンとは仲直りしたの?」

「よ、ご無沙汰。まあぼちぼちってとこかねぇ」

 どうやら知り合いみたい。この女の人は恐らく酒場の店員で、こうして親しげに話してるってことは、ここはレイヴンにとって馴染みの店なんだろう。
 二人が楽しそうに話しているのをぼんやり眺めていると(真面目に耳を傾けていなかったから分からないけど多分世間話でもしてたんじゃないか)、不意に女性の目がこちらを向く。何だろう、もうレイヴンとの話は終わったのかな。

「で、レイヴン、この子は誰。見ない顔だけど」

「まぁ……そうねぇ。うちのギルドのお客人、ってとこ」

「こんな格好させてるけど女の子でしょ。もっとマシなものないのかしら……せっかく可愛いのに」

「だしょ? そうしたいところなんだけどあり合わせがそういうのしかなかったのよ」

 わたしを挟んでレイヴンと女の人が何か話していて、やっぱりまともに耳を傾けずぼけーっとしていたら女性の細くて白い綺麗な指がわたしの髪を一房絡め取る。びくっと肩が揺れた、なにやばいこのひと綺麗!

「どうしたのお嬢ちゃん、そんな驚いた顔して」

「う、え、えと……あんたが綺麗、驚くした」

「ふふ、面白い喋り方ね。でも、ありがと」

 綺麗に笑ってそういう彼女は本当に綺麗な人で、指に絡めたわたしの黒い髪にそっと唇を寄せる。何も言えず赤面して固まっているわたしを、レイヴンはくつくつと笑いをこらえながら見ているだけだった。

 そういえば、女の人と話したの物凄く久し振りだ。

 カウンター席で与えられたミルクをちびちび飲みながら楽しそうにたくさんの女の人と話しているレイヴンを見てふと思い出す、彼がドンと喧嘩だか何だかした日に女性と入っていった建物はここだった。
 今更だけどレイヴンてほんと女たらしなんだな、でも楽しそうだからいいか。一気に杯を傾けミルクを飲み干して、酒場の主人と思しき人にもう一杯を頼む。どうせ料金はレイヴンが払うんだろうし、後で文句言われても知らない、連れてきたくせに放っておかれる側の気持ちなんて―――。

「お嬢ちゃん、ミルクだけでいいの?」

 コト、とわたしの目前にカップを置いたのは、先刻レイヴンと話していた美人のお姉さん。彼女はわたしが何を言うよりも早く隣の席に腰かけた。緩く巻かれた髪が揺れる、綺麗な人にどきどきするのは男だけじゃないっていうのを思い知らされた瞬間だ。


110804


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