Mement mori | ナノ

【白鳥の闇】


 



「万事、想定通りだ、諸君。シュヴァーン、ダングレストに戻り監視を続けろ。さっきも言ったが、指示あるまでは余計なことはするな」

 アレクセイ・ディノイア騎士団長が俺に告げる。顔を上げてこちらを見ることは終ぞ無かった。

 こんな風に相手を見もせずに、命じる人だったろうか?

 胸の奥底で生まれた引っかかりもすぐに消え去り、俺の口からは御意を示す声だけが生まれ、敬礼。俺は道具だった。何を考える必要もなく、感じることもない。そう、死人は何をも望まない。ただ俺の命を繋いだ道具の持ち主に従っていればいい。
 あの時ドンがレイヴンに言ったのは、空っぽでいることを止めろということ。言っている事は分かる、ごもっとも。だが、どうやって。上っ面だけの空っぽな奴に、意志などない。意志など、ないのだ。

 俺がまだ下がらないことに気付くとアレクセイが顔を上げ、深紅の瞳をこちらに向けた。「未だ何か?」俺が躊躇いを覚えていることにでも気付いたのだろうか。彼はその深紅を細めて催促する。

「先日、気になることが」


 脳裏に過ったのは、レイヴンが渡した手帳をとても嬉しそうにして受け取る少女。

 それから、俺が、レイヴンから覗いたシュヴァーンが、泣かせた少女の涙。


「話せ」



 一度、開きかけた口を閉じてから、細く息を吸って再度話しはじめる。俄かには信じられないだろうこの話、さて、閣下はどう受け取ることか(俺はと言えば確信にも近い形でそれを嘘ではないと感じている)。
 彼女について話せば、恐らく高確率で、悪い意味で目を付けられることは察していた。それを察したからといって俺が躊躇うはずもなかった。何故なら俺は死人、死んだ人間に意志など無い。余所の世界から来たなどと妄言を吐く少女に移す情など、微塵も存在しないのだ。

 だから俺は、彼女がどうなろうと、構わない。その結果あの少女が、例え命を落としてしまうとしても、若しくはこの手にかけろと命じられれば、そうなるだろう。俺にとっては他愛のないこと。今までもこれからも、この歪な生が終わるまで、続けられる愚かな行為。嗚呼、何て―――






(ドンに頼まれたのに、レイヴンはいつ帰ってくるんだろ)

110803


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