Mement mori | ナノ

【走り去る人】


 



 今日はドンの部屋で会議だから外には出ないように。ハリーがそう言ったから、わたしは部屋で大人しく文字と言葉の勉強をして、偶に外を眺めたりしていた。


 どれくらいの時間が経っただろう、部屋の外がざわついて、暫くして静かになった。会議が終わったのだろう。
 わたしはそっと扉を開けて、階段を下りドンの部屋に向かう。昨日のうちにレイヴンが話してくれたって今日の朝(といっても夕方)に報告を貰ったけど、自分の口でも話しておきたいから。

 ドンの部屋へ近づくと、聞き慣れた声が聞こえてくる。ドンと、レイヴンの声。内緒話でもないようだったので半開きの扉の隙間から会話が流れてきた。



「……相変わらず手厳しいね、じいさん」
「そうだ、その物言い。初めてここに来た時にゃ考えられねえほど砕けてやがる。けどな、それてめぇの地じゃねえだろ」
「―――そうでもないんだけどね」
「そうか? 俺にはてめぇが今でも上っ面だけでできてるようにしか見えねえ。おめえ、ここに来てから何か自分から始めたことがあるか?」
「勘弁してよ、難しい話は」
「そうやって逃げてるうちは、てめぇ、死ぬまで半ちくだぜ」
「じいさん、なんでそんなに俺なんかのこと気にすんのよ。手下ならもっとマシなの一杯いるでしょ?」
「この馬鹿、誰がいつ他のやつの話なんかした。今はてめぇの話をしてるんだ。いいか、俺はてめぇを見込んでんだ。その俺の見立てに泥塗る気か!」
「そんな無茶苦茶な」
「うるせえ、失せろ! しばらく面見せんじゃねえ!!」

 途中から雲行きが怪しくなって、レイヴンのおどけた声を遮るドンの怒鳴り声を最後に会話は切り上げられた。あまりにも大きな、大気を大きく震わせる怒声にわたしはへたりと座り込んでしまう。同時に、慌てた様子で部屋から飛び出して来たレイヴン。狼狽しているのが目に見える。

 部屋を後にしたことで、ほ、と息を吐いて胸を撫で下ろしたレイヴンが、ふと床にへたり込むわたしの存在に気付く。
 罰が悪そうに頭を掻いて苦笑し、「ごめんねぇ」手を差し伸べて来たから、あまり何も考えないでその手を取る。強い力で引き上げられ、何とか立ち上がることができた。何を言えばいいのか分からず黙りこむわたし。

「じゃっ、悪いけど俺様はこれで」

 言うが早いか彼はさっさと建物の外へ走り去っていった。夕日の中へ溶けていく紫色を見送る。

「みう、いるんだろう」

 レイヴンが開きっぱなしにしていた扉からドンの声が聞こえて、わたしは呆けるのを止めることにして部屋の中へ踏み入った。ドンが怒ってるの初めて見た、というか聞いたばかりだったから、ちょっと怖かった。


110802


maeTOPtugi