Mement mori | ナノ

【大きい人紫の人】







「おう、目ぇ覚めたか。気分はどうだ?」


 寝台で上体だけ起こしたわたしが見上げると、首が痛くなるくらいに大きな人。きっと普通に立っても精一杯見上げることになるだろうその人は、文字通り大きく、屈強な、白髪で白髭の生えたのお爺さん、だった。お爺さんとは言っても、なんかこう、それこそ、素手で熊を殺せそうな。
 フェイスペイントか刺青かは分からないけど、顔の赤い二本の線に跨がれた双眸が、ぎろりとわたしを見下ろす。萎縮してしまいそうなそれに、わたしは困ったように眉を顰めるしかできなかった。何故なら、彼が、何と言ったか、分からなかったからだ。

 彼の背から、ひょっこり顔を出したのは先刻部屋から出ていった紫の羽織の人。どうやら一緒に入室してたらしいけど、このお爺さんが大きいから全身隠れてしまっていたようだ。本当にでかいなぁ。
 わたしがぽかんとしてお爺さんを見上げていると、紫の羽織の人、ああもう何か長いから紫の人でいいか、紫の人はひょこひょことお爺さんの隣にやってきて、わたしと彼とを見比べる。


「ねぇちょっと、じいさん。この子もしかしてじいさんのこと怖がってんじゃないの?」

「あ?馬鹿言え、んなわけあるか」

「ってぇ!!」


 冗談交じり、といった風な紫の人の言葉に、お爺さんは吐き捨てるようにして何かを言うとその背を思い切り叩いた。ばぁん、といい音がする。音に比例して威力は相当のものだったみたいで、紫の人は悲鳴を上げると涙目になりながら咳き込んでいた。
 多分、紫の人の冗談に、お爺さんが突っ込みを入れた、後のリアクション、といったところか。ボケと突っ込み、みたいな。彼らが何を言っているか分からないわたしにはそこまで推測するので精一杯だ。

 一息ついて、お爺さんは近場にある椅子を引き寄せてそれに腰掛ける(それでもまだ見上げることになる)と、じぃ、とわたしの顔を覗き込んできた。何事だ。意図が読めず首を傾げる、するとお爺さんは暫くの沈黙の後ふん、と鼻を鳴らした。

「別に怖がってるわけじゃなさそうだな、むしろ平然としてやがる」

「へぇ、泣く子も黙るドンを前にして、か。肝の据わった子だねぇ」

 二人はまた言葉を交わす。今度は紫の人もわたしの顔を覗き込んできた。まじまじ見られるのはあまりいい心地はしないけど、それよりも戸惑いの方が大きくて、不安、というよりも、疑問、が大きくなってきた。
 取りあえず、彼らが日常的に使っている言語は私には解読できるものではなさそうだ。聞いた所、英語ではないし、仏語や伊語、独語でも中国語でもないし、それらのネイティブな発音でもない、そもそも聞いたことがない言語。つまりわたしの今いる場所も知らない場所。知らない言葉を使う人たちが住んでいるのだからそうに決まってる。そこまでは、整理できた。

 でも、やっぱり、わからないよ。



「ここ、どこですか?」




 ほら。案の定、二人はその目を見開いて、驚きを露わにする。きっとこの声が掠れたのは、寝起きの所為だけではないのだろう。

 それから二言三言、彼らは(多分だけど)早口で何かを話して、わたしに視線を戻す。お爺さんの立派な太い人差し指が顔の傍にやってきて、反射的に強く目を瞑った。
 とん、と、額に軽い衝撃。それだけで、わたしの身体は寝台に倒れ、真上におじいさんと紫の人を見上げることになった。訳が分からず、瞬きも出来ずにいると、お爺さんの大きな手が、わたしの目を覆い隠すように乗せられた。「あの、」通じないとは分かっていてもつい声を上げる。遮って、お爺さんの野太く、しかし優しさを感じさせる声が、降って来た。


「無理させたな。取りあえず今は、眠ってろ」


 多分だけど、声音と仕草から推測するに、眠れ、みたいなことを言われたのだと思う。不思議なことに、さっきまで全然感じなかった眠気がどっとやってきて、瞼が重くなった。本当にそう言ったかどうかはわからないけど、お言葉に、甘えることにしよう。


 唇だけで呟いたおやすみなさいは声にならなかった。











「こりゃあ厄介なもん拾っちまったな、おめえといい勝負だ」

「聞いたことのない言葉喋ってたしなぁ……あと、あの子、治癒術の効き目が極端に薄いのよ、個人差があるっつってもあれは、」

「とにかく、怪我治るまでは面倒見てやんな、あいつのことはおめえに一任する」

「え、俺様!?」

「たりめえだ、初めに見つけたのはおめえだろ、レイヴン」

「……へーい」



110801


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