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一歩、といえば大した距離ではないとガイは思っている。それは確かにそうなのだけど、その一歩が積み重なるとそれなりの距離が出来上がる。右を見ると、丁度五歩ほどの間隔を空けて、そこになまえが立っていた。恐る恐る目を向けると、彼女もガイを見返してくる。
「……これは心の距離ととっても構わないのか?」
「え、いや、そんなことは……」
なまえが言うと、ガイは罰の悪そうな顔をしながら目を逸らす。女性恐怖症、は克服したはずなのだが、やはり慣れないものは慣れない。その手で触れることすら、躊躇ってしまう。だがそれは女性恐怖症の名残なのか、それとも、もっと別の何かなのか。ガイは知っていたけど、ずっと気付かないふりをしていた。本当は、本当は、怖くてたまらないのだ。触れることが、ではない。触れてしまえば、彼女が―――
「まぁいいさ。取りあえず一つだけ言っておきたいんだけどいいか?」
「……ああ、どうぞ、何でも言ってくれ」
「私は、お前に触れられたからといって壊れてしまうほど軟弱じゃない。……それだけだ」
そう言って目を細めるなまえは、木漏れ日に照らされてきらきらと輝いて見える。ガイは何かを決心したらしく頷き、その距離を縮めるようにゆっくり五歩近付くと、右手の手袋を外し、なまえの手をそっと握った。
「なまえ、今度一緒に行きたい場所があるんだけど、いいか?」
「ガイのことだからどうせ音機関関連だろうな。まぁ、今度でも今からでも私はいい。その代わり、お前が連れていくんだぞ?」
遠回しにもう手を離さないでくれ、と言っている彼女が愛しくて、ガイは柔らかく微笑んでぎゅっと手に力を込めた。幸せが滲むような二人の笑顔に、距離は半歩分。
「なまえ、」
彼女が名を呼ばれ振り返ると、距離は零になった。
一歩引いて二歩進め
木漏れ日よりも温かい口付けに、いっそ溶けてしまいたい。
END
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