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どこから持ってきたのだろう、なまえの手には銃が握られている。そして何故か引き金に指をかけて、銃口を僕に向けて、彼女は黙っていた。十分は、過ぎた頃だろうか。とにかくもうずいぶんとこのままだ、だけどもしかしたらほんの数分しか経っていないのかもしれない。

なまえ特有の四回ノックが聞こえたのでどうぞと答えれば部屋に入ってきて、どうしたの、と問いかけてから銃を取り出して、ずっとこの調子だ。
イリア達は、さっき武器屋に行ってくると話してたから暫く戻ってはこないだろう。僕はこのまま、撃ち殺されてしまうかもしれない、けれど。何でかな、どうしてかこの出来事は現実味を帯びていないように感じる。
きっと、彼女がいつも通りの、悪意も何もない無表情だったから、かも。



「やっぱり、駄目ですね」



そこでやっとなまえは口を開く。いつも通りの丁寧な口調。彼女はいつだって、その態勢を崩さないでいた。ああそっか、だからノックも四回なんだ。二回のノックはトイレ、三回は友人や恋人、親しい間柄の人間に対して。四回のノックは、知人や仕事先などの礼儀を必要とする相手に対してのそれ。
どこまでも、彼女らしいと言ってしまえばそうなのだけど。もしここで僕を撃つなら、もう少しだけ打ち解けてほしかったなぁ。

そんなことを考えていると、ふっとなまえが笑う。やっぱりいつもと同じような、どこか困ったような笑み。どうして笑う時に困るんだろう。
いつかスパーダが聞いてたっけ、なまえは「癖なんです」って答えてた。その時も自分がそんな笑い方をしていたことに気付いていたの、君は。


「ねぇ、ルカ」

「なに、なまえ」


返事を返すと、なまえは銃口を下ろし僕の目をまっすぐに見つめた。突き抜けてしまうんじゃないかっていうくらい、真っ直ぐに。普段、目が合うと怒られてしまいそうな気がしてすぐに目を逸らしてしまう僕だけど、この時だけは逸らせなかった。瞬きも忘れたまま、彼女の綺麗な双眸を見詰め返して。
吸い込まれそうだなんて陳腐な感想、下らないとみんな笑うかもしれないけど、僕にはそれくらいの感想で精一杯だった。


「ルカ、私は貴方が大切だと思います」

「……え?」

「前世では確かに貴方の部下でしたけど、本当に私自身がアスラではなく、ルカを大事に想えているのかが知りたかったんです」

「なまえ……」


自分自身の気持ちを量るために、僕に銃を向けたと、なまえはそう言う。僕としては複雑な気持ちだったけど、それ以上に嬉しく思った。だって、なまえが引き金を引けなかったということは、なまえが僕を、アスラじゃなくて僕を見てくれてるっていうことだもの。ありがとう、なまえ、これは口に出せないけど、僕はそんな君が、す、ー―――、



「こんな事をして、申し訳ありませんでした」


「な、やめ――ッ!!」


ガッ、と音がして、銃が床に落ちる。中腰になっていた僕は咄嗟にそれを蹴って部屋の隅へと滑らせた。び、びっくりした、だってなまえったら、いきなり自分の胸に銃を向けて、引き金を引こうとするんだから、僕は必死に手を伸ばして剣を掴んで弾き飛ばして、ああああ、どうしよう、思い出したら泣きそうになってきたよ。


「う、ぅうう……」

「どうしてルカが泣くのです」

「だって、だって!なまえがあんなことするからっ」

「私のために涙を…?」

「当り前じゃないか…っ、もう二度とあんなことしないでよ、僕の傍にいてよ…!」


必死の思いで、僕は泣きながらなまえの手をぎゅっと握る。ああ、情けない。僕みたいな泣き虫な男は誰も好きになってくれない。女の人はみんな、スパーダみたいに不良っぽくて男気溢れる人や、リカルドみたいに冷静で大人の魅力がある人とかが好きなんだ。
僕は全然駄目だ、今もこうやってどんどん卑屈になっていってる。こんなんじゃあ全然駄目だ、アスラになんて到底近づけっこないよ、どうしよう、涙が止まらない。


「ルカ、泣きやんでください」


なまえが僕の背を優しく撫でてくれる。しゃくり上げるリズムに合わせて、温かい手が。それのお陰で落ち着きを取り戻した僕は、真っ赤になってるであろう目でなまえを見上げる。やっぱり困ったように笑ってた。
ただ違ったのは、何だかいつもより柔らかいような、感じが、した。



「私は……誰かの為に涙を流せる、優しいルカが大好きですよ」



彼女はそう言って、僕の涙を指で拭う。細くて白くて、それでも武器を取って戦う手。僕が守らないといけない。けど今は、ちょっとくらいなまえに甘えていてもいいよね。ほら、宿屋は休むためにある場所だから、休んだって構わない。
自分に言い訳して僕は、エルマーナがアンジュにするみたいに、思いっきりなまえに抱きつく、ふりをして、意外と小さな体をこの両腕の中に閉じ込めた。






ドルチェッツァ





その間も僕の背中を叩いてくれる手は小さくて、すっぽり収まる身体は薄く感じられて、普段はこんなにも小さな彼女に頼りきっていたのかと思うと、情けなさで、また涙が出てきた。
こういうのをいたちごっこっていうんだよね。こんなだから僕はおたんこルカのままなんだけど、さ。



(もう少しくらい、抱き締めててもいいよね?)




fin.
09.0807.
謎!



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